第1章 序章~音妓家~
――嫌だなこの空気。
そう思うのはきっとあたしだけじゃないと思う。
同じ立ち位置になって初めて分かるこの感じ。
この立場を羨む人も多いけど、あたしにはその人の気が知れない。
否、同じ立ち位置に立ったことがないからこそ言えるのだろう。
何も知らず、上辺だけの知識で人を羨む。
“音妓家”――。
その名前だけで周りはあたしの実績を「流石音妓家の子ね」で済ませる。
つまり“当然”なのだ。
音妓家の娘であるあたしが好成績を残すのは“当然”且つ遺伝子のお陰なのだ。
だから音楽に携わっても「あの音妓家の子が」と言われてお終い。
失敗すれば「あの音妓家の子が」と批判される。
あたしはもう、この家から縁を切りたかった。
「奏ちゃんコンクール、もうすぐでしょ?期待してるわね」
不意に話しかけられ、会話の内容にやや顔が引き攣りかけたが
「ありがとう御座います」
愛想笑いで何とか誤魔化した。
「奏ちゃんだもの。絶対最優秀ね」
「ご期待に沿えるようにがんばりますね」
――重い。
その期待があたしには耐え難いくらい重く、苦しかった。
きっと一度失敗したら次はない。
失敗すれば一気に欠落品。
いっそそれでも良いかな、なんて思ってしまう。
誰か、助けてくれないかな……
この家から連れ出してくれればそれで良い。
――お願い……。