第1章 春島にて
穏やかな気候が特徴のとある春島は、近年で一番の賑わいを見せていた。
先日、イーストブルーで名高い移動型劇場船が到着したからだ。
歴史ある劇場船の舞台は玄人からも評価が高く、周辺各国から集客がある。
皆の目当ては、看板女優のxxxx。
街中は彼女の描かれた巨大看板やポスターが所狭しと飾られた。
チケットは連日完売の上、高値で転売されるチケットも、彼女を一目見たさに飛ぶように売れている。
彼女が身に着けた服のブランドは注文が殺到し、劇中歌の作曲に名だたる音楽家たちが手を挙げた。
彼女はただのエンターテナーとしてだけでなく、特に経済的側面からも重要人物として、あらゆる業界から注目されている。
そう、裏稼業の者たちからも。
海に出たばかりの頃は日銭を稼ぐため下働きもしていた。
薬物の運び屋・転売、人身売買、即ち、裏稼業からの雑多な依頼事だ。
今日はその仕事の一つ、この春島で人攫いの任務を請け負っている。
標的は、渦中の舞台女優だ。
決行は夜のため、日中のうちに劇場船を視察し、侵入ルートを探った。
船内はレストランなど併設されており、誰もが出入りできるようになっていた。
劇場船自体は岸壁に接続し、そこに舞台を形成する造りとなっている。
そのため、遠すぎない距離で高台から舞台も見下ろせることができ、チケットがとれなかったであろう見物人が大勢いた。
俺も昼公演を観劇するふりをして、オペラグラス片手に舞台の構造を調べた。
ちらりと横目に入る舞台上では、件の女優が表現豊かに役を演じ、感傷的な歌声が響き渡っている。
ため息が出る程の甘く切ない声、表情、仕草。
芸術の類はそれほど詳しくないが、世界中が虜になる理由がよく伺えた。