第32章 【幕引き】
「その理由は簡単だ、お前は自分の得にならない事はしない主義だ。ヴォルデモートが失墜した今、アルバス・ダンブルドアの目の届くところでハリーを殺す事なんてするわけがない。お前が動き出す時は、ヴォルデモートが再び力を取り戻した時だ。その為にお前は魔法族の一家に飼われて情報収集をしていたんだろう?」
ピーターは言い訳が出来ぬのか、口をパクパクさせていた。ブラックの言う通り、何の後ろ盾も無くダンブルドアのすぐ傍で殺人なんて出来る訳ない。話せば話すほど、ブラックが本当の事を言っており、ピーターがその場しのぎの嘘をついているように聞こえてきた。
「あの――ブラックさん……シリウス?」
ハーマイオニーが恐る恐る声をかけると、ブラックは突然の事に驚いて飛び上がりそうに肩をびくつかせた。この12年もの間、こんな風に丁寧に話しかけられた事なんてなかっただろうから不思議ではない。ブラックは緊張のあまり少し落ち着かなさそうだった。
「聞いても良いですか?その……ディメンター達の大勢いるアズカバンを、いったいどうやって脱獄したんですか?もし闇の魔術を知らないのなら……」
「それだ!私が言いたかったのは!つまり闇の魔術をもっているからこそ脱獄できたんだ!」
ピーターは決定打の様に声を大にしたが、もう誰もピーターの話など聞いていなかった。ルーピン先生も含め、5人は黙ってブラックが口を開くのを待った。ブラックは深く考え込んでいるようだったが、言い訳を考えているようには見えなかった。
「どうやったのか、正直自分でも分からない」
ブラックはポツリと言った。窪んだ目の奥から光が消え、以前ハグリッドからアズカバンの様子を聞いた時よりもずっと、重く、暗い顔をしていた。
「私がアズカバンで正気を保っていられたのはただ一つ、自分が無実だと知っていたからだ。これは幸福な気持ちではないからディメンター達に吸い取られる事は無かった。その思いだけで、私は自分の理性を失わずに済んだ……そしていざと言う時、私は犬に変身した……ディメンターは目が見えない、私が人間の感情ではなく動物の複雑な感情になった事に、連中は私が正気を失ったと思い込んだ。とは言え、流石に12年間も独房に入っていて、私は弱っていた。そんな時だった――」