第6章 Ripple
「……貴様も来ていたのか」
「エンデヴァー、久しぶりだね」
「引退したんじゃなかったのか?」
「まさか。家族より仕事を選んだんだ……辞めるわけないさ」
お手洗いの帰り道。壁越しに聞き覚えのある声が聞こえた。
自虐的に呟く低く深みのある声はシェラタンさんのものに思える。それを鼻で笑うのはエンデヴァーさんだろう。
私は二人の気迫に怯んで出るタイミングを失ってしまった。盗み聞きしているこの状況にハラハラしながら息を潜める。
気づかれてはいないだろうか。
いや、気づかれてもいいんだけど……二人の雰囲気がなんだか怖い。
「これから俺の息子の試合だ。よく見ておけ、貴様と違い奴は常にトップを目指している。俺を超え頂点に立つべく育て上げた仔だ」
「君は、まだそんなことを」
ふう、と溜息が聞こえて、それから話し声は聞こえなくなった。
廊下を歩く足音が二つ、遠ざかっていく。
壁にぴったりつけていた背中がずり落ちて、息をついて腰を下ろした。まさか、また憧れの人に遭遇するなんて思いもしなかったし、あの轟くんのお父さんにまで……。
なんだか聞いてはいけない話を聞いてしまった気がする。ヒーローの裏側の話……おまけに結構デリケートな。
シェラタンさんも轟くん家と同じように何かあったのだろうか。
考えるのは後だ。試合が始まってしまう。
マイク先生の声が聞こえて慌てて廊下を駆け出した。