第9章 Heal
「お兄ちゃんは知ってるの?」
母は頷いて、高校卒業してすぐに話したと言った。兄は離婚当時もう大きかったから察していたらしい。
知らなかったのは私だけだったんだ。そう思うと少しばかり疎外感を覚えるけれど、そんな感情は溢れる疑問の波に流されていった。
それからお父さんのこと、お母さんのこと、沢山聞いた。
二人は恋愛結婚で、父の猛アプローチで結婚したこと。父は不器用で頼りないけれど家族を何より大切に思っていたこと。
今父がどこで何をしているのかわからない。でも、兄と私の誕生日には毎年それぞれの口座に多額のお金が振り込まれているから、生きて働いているだろうと母は言った。
「あの人なりのあなた達への愛情か、罪滅ぼしかもね。取っといてあるから好きに使いなさい」
「うーん、使いづらいよね……寄付しようかな」
「ふふっまりらしいわ。お兄ちゃんは店の資金にするって」
あーお兄ちゃんらしい。現実的というか、堅実というか。何だかんだしっかりしてるもんなぁ。
「まりは結婚資金にでもしたらいいのに」
「なっ、いいよそんなの。結婚なんてするかもわからないし……万が一必要になったら自分で出す」
「またそんなこと言ってー」
自分が式を挙げる姿も、ヒーローしながら家庭を持つ姿も全然想像できなくて、誤魔化すように冷めたカップの中身を飲み干した。
最後のチョコレートをひょいと口に運ぶ。ついつい何個も食べてしまった。太ったら嫌だな、なんて思いつつ空になったカップを手にキッチンに立った。
明日から学校だ。
クラスの皆とは一週間ぶりに会う。三人を除いて、だけど。
路地裏での出来事は秘密だ。母にも本当の事は言っていない。ステインに遭遇したが駆けつけたエンデヴァーさんによって助けられた──と話した。
轟くんもエンデヴァーさんも複雑な心境かもな、と心の内で呟いて洗い終えた食器を干した。