第8章 煙雨
必死に走りながら、頭を回転させる。
厄介な相手に見つかってしまった。
普通の海賊程度なら、今の私でも簡単に撒くことができただろう。
しかし、奴は能力者。
逃げ切れそうにない上に、負傷した腕では勝てるかどうか。
街を抜けると、木や岩場が疎らに点在した荒野に出た。
作戦を考えている間もなく、全身を煙が覆い、気づいた時には視界が夕空になっていた。
次いで、ずしん、と身体を打つ感覚と鈍痛が走ると同時に、呼吸が苦しくなった。
反射的に、首を掴まれ地面に叩きつけられたのだと理解した。
「お前に聞きてェことがある。」
首を掴む手を、左手で必死に振り解こうとするもびくともしない。
漂う煙が人の姿をゆっくりと形成していくのを、もがきながら見上げることしかできない。
気体の形状を次第に失いつつあるそれは、夕煙のようにゆらゆらと尾を引いていた。
やがて、険しい顔つきで葉巻を二本咥えた男が現れる。
「麦わらは、どこにいる。」
スモーカーは私を組み敷き、低く唸るようにして言った。
首を締め上げる大きな手は、喉にめりめりと食い込んでいる。
言葉を発するどころか、苦しくて目を開くのも精一杯だ。
「抵抗しても無駄だ。と言っても、そっちの腕は動かねェみてェだな。」
ちらりと右腕に目をやった、その一瞬を見逃さなかった。
私は脚の力で勢いを付け下半身を捻り、スモーカーの足元を掬った。
バランスを崩したスモーカーの力が緩んだ隙に、両腕を使って抜け出した。
しかし、今度は後ろ手をとられ、うつ伏せに倒されてしまった。