第3章 缶
ベッドから這い出てパジャマを着こんだ私は、台所でコップをひとつ手に取った。
蛇口のレバーをクイと押し上げる。ジャーと水が出る。
しばらく流した後、コップを蛇口下にあてがい、水を汲む。
レバーを下げて水を止め、そうしてゴクリ、と飲み干した。
美味しい。
さんざん喘がされた後だから。
コップをすすぐために再びレバーを上にする。ジャーと流れ出る水。
私はしばらく、水の流れるのを見つめていた。
ジャージャー
ジャージャー
流れて流れて、排水溝の向こうに消えていく。何事もなかったかのように。
いい加減でコップをすすいだあと、布巾で拭って、戸棚を開けた。コップを片付けようと思って。
けれど、隅の方にポツンと佇む物が視界に入ってしまった。
黄桃缶。
「…あ、う」
ふいに、涙が出てきた。
お前がいてくれてよかったって、しゅうくんのさっきの言葉が蘇ってきた。
なんで突然そんなこと言うの、しゅうくん。
なんで今更そんなこと言うの、しゅうくん。
「本当に…人の気持ち、考えてくれないよね…」
私はボロボロ涙を流した。ツトツトと落ちる涙滴は、足元のキッチンマットに吸い込まれて染みになった。
そんなこと言われたって、そんなこと言われたって。
今までのこと、なかったことになんかできないよ。
私は黄桃好きだけど、しゅうくんは黄桃嫌いじゃん。
私たち、そういう2人だよ。
私もう疲れた。