第6章 一転
「安室透、それは偽名でこの日本には実在しない人物だ。」
「実在しない人物……?じゃあ、あなたは一体誰なんですか?」
安室透は実在しない人物。じゃあ、私はずっと実在しない人物と恋人同士だったのか。あの優しさも、優しく頭を撫でてくれる手も色々と慰めてくれたことも全部"演じられて"いたのか。
「本当の名前は、降谷零という。何故、気づいた。」
「そりゃ、一緒に暮らして、いましたから。」
「やっぱり、一緒に暮らしているとボロは出るもんだな。」
何故、安室透として暮らしていたのか。というか、これは本当に私をハニートラップしていたのを徹底づける言い方に思えた。震える体に鞭を打ち込み、目尻に力を入れる。
「私に、ハニートラップと言うものをしていたんですか?」
お願い、してない。と言って。
わかっているのに、頭の中は期待を抱いていた。その降谷と言う男を見ているとネクタイを緩めている。
「あぁ。していた。」
立ちたがりスマホと財布など入った鞄を持ち、ここから出て行こうと歩き始めた瞬間、腕を掴まれて止められた。
動こうとするがビクとも動かない。私は必死に腕を振る。
「こんな夜遅くにどこに行く!」
「もう嫌です!頭のどこかでは、分かっていました。初めて会った私に一目惚れなんてするわけ無いな。て!これ以上は、やめてください。離して、安室さんっ、いや、降谷さん!!」
なぜか、力が緩んだので走ってリビングから出て行った。そうして、スニーカーに履き、夜の街へ飛び出す。
涙が溢れてきた。安室さん、いや、降谷さんも私に教えてくれればよかったのに。そうしたら、協力をしていたのに。
しかしながら、嘘をつかれていたという事実に胸が痛い。それよりも私のことを信頼していなかったという事実にも痛い。
簡単に流されなければ良かったんだ。
いや、私が助けなんて求めなければ良かったんだよ。
行く宛もなく、走り。そこら辺のビジネスホテルに入っていった。スマホがすごく鳴っていたが電源を切り、受付をした。受付嬢の方は最初びっくりしていたが、すぐに空いている部屋にご案内になってくれて有り難かった。