第2章 ラブリーディストーション(徳川家康)
父にもう行っていいぞ、と言われ、私達は並んで社長室を後にする。
扉が閉まった瞬間、彼は隠しもせず、大きく溜息をつき。
角を曲がるとすぐ、ネクタイを緩めた。
「あんたも大変だね、千花さん、だっけ」
「え、あ、あの…何が…?」
「娘だからって、あんなくだらないやり取りに巻き込まれてさ」
それきり、彼は黙り込み。
ただ真っ直ぐに、前を向いて黙々と歩く。
私も返す言葉が見つけられず黙ったまま、その速度に無理やりついていく…
くだらない、なんて。
思っていても、口に出したことは無かった――
「家康、さん」
ほんの小さく読んだ名前に、彼は怪訝そうな表情を向けた。
その続きを探して、私も一瞬視線を漂わせ。
しかし、浮かんでくる思いは一つだけ。
「父の、言う通り」
からからに乾いた喉。
飲み込んだ唾でごくり、と鳴る…
「私と好い仲になれば、良い事があると思いませんか」
冷たい視線が、痛いほどに刺さる。
それでもいいから、彼が欲しい――
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