第3章 憎悪と恩寵と思慕
功を急いだ黒服の1人が芥川が指示するよりも先に、サッと開かれた扉の脇へと向かった。
「おい、貴様!勝手に動くな!」
芥川が声を掛けたが、遅かった。扉の側へ寄り、中の様子を伺っていたが、男は急に倒れ、気絶していた。他の黒服達も漸く身構える。勝手な行動を取った男に一瞥をくれてやると芥川は残りの黒服達に命じた。
「いいか、貴様ら、あとは僕に任せておけ。彼処で倒れた奴のように無様な姿を晒したくなくばな。」
不意に妖しい嗤い声が響く。その声は晶子の声のようだったが、あまりにも不気味に響いた。
「ほっほっほ。そなたが、我が依代が気に入っている小童か。」
すると一瞬、悪寒にも似た殺気を感じた芥川がフッと振り返る。いつの間にか、彼は背後を取られたことに呆気に取られる。彼の後ろにいたのは、晶子のようだったが、別人だった。その人物は、額に2つの角と、まるで返り血で染められたとでも云う様な赫の十二単を着て、広げた重々しい鉄扇で顔を隠すように立っていた。
「……貴女は先生なのか?」
ゴクリと生唾を飲み込み、呆気に取られていたものの漸く芥川は、その人物に問い掛けた。
「小童め、その先生とやら、我の依代の事を言っておるのであろう?我は、紫条の一族に遥かなる昔より力を与えし鬼神。名を六条御霊と云う。尤も、今日では"異能力"と呼ばれるモノであるがのう。」
その鬼は艶然と、挑発的に芥川に微笑む。