第15章 DEAD APPLE
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霧に包まれた製鉄所の敷地で、敦は一人だった。
芥川も鏡花も、どちらも異能を取り戻し、敦を置いて行ってしまった。芥川は罵倒を吐き捨て、鏡花は気遣いを添えていったが、いずれにせよ、どちらも先に行ってしまったことに変わりはない。
二人と同じように異能を倒した筈なのに、虎がこの身に戻る気配もない。
ーー僕には何が足りないんだろう。
うなだれた時、不意に強い風が吹いてきた。
何事か、と頭を上げた敦は、目に入ってきた光景に愕然とする。霧の中に荘厳で重厚な、神々しい白い扉が見えていた。
『その扉を開けるな!』
叱責じみた声が背後に投げつけられる。覚えのある声に、敦はびくりと肩を揺らす。恐る恐る振り向くと、そこには孤児院の院長が敦を高圧的に見下ろしていた。
幻かもしれない。けれど、夢や幻であろうと、院長の姿を見るだけで敦の胸に汚泥が溜まる。
孤児院時代と変わらない、命令する事に慣れた院長の声が敦の耳奥に響く。
『そもそも、今の貴様にには、その扉を開ける力などない……その覚悟は貴様にはまだない……』
風がさらに強まり、敦から力を奪おうとする。立ち上がる事さえ許さないというかのように。院長が、敦を縛りつけるように云う。
『折角失った虎の力だ。決別して生きてゆけ。……安心しろ、誰もお前に期待などしていない』
ーーたしかに、そうかもしれない。
事実、芥川も鏡花も敦と共に行こうとは云わなかった。実際、今の自分は役立たずだ。
だけど、と、敦は思う。
だけど、また院長の云いなりになるのは、どうしても厭だった。
「……あなたの言葉には耳を貸さない」
増悪を怒りに、怒りを力に変えて、敦は前に踏み出す。強い意思をこめて、敦は扉に手をかける。
急に、恐怖が敦を襲った。
扉にかけた指が震えた。
『どうした?』院長の嘲る声が脳裏に響く。『そのドアに鍵はかかっていないぞ』
汗が滲み、敦は喉を上下させる。
扉にかかった敦の手が、ぴくりと動いた。