第10章 華麗なる幕引きを
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ーー或る美術館
一つの絵を眺め乍、長椅子に掛けている男が居た。その男が座る長椅子の横に年かさの男、広津柳浪と少女、萩原葉月が腰掛けた。
男ーー太宰治は「変な絵だねぇ」と笑う。
「絵画を理解するには齢の助けが要る」
「なら、私には尚更判りませんね」
広津と葉月は太宰の言葉に其々反応を示した。
「この位なら私にも描けそうだ」と言う太宰に広津は「君は凡そ何でも熟すが…」と言い葉月を見た。
「そう云えば、太宰さんが幹部執務室の壁に自画像を描いた事がありましたねぇ」
「あぁ、首領の処のエリスちゃんが敵の呪い異能と勘違いして大騒ぎ」
三人の間には笑みが溢れた。
「広津さん、葉月ちゃん。例の件助かったよ」
「あの程度で善かったのかね?」
「私達は白鯨潜入作戦を樋口ちゃんに聞こえるように漏らしてしまっただけですが」
「彼女が知れば芥川君に伝わる。芥川君が知れば必ず単身乗り込んで来る。予想通りだ」
葉月が矢っ張りと納得していると、広津が太宰に尋ねた。
「そうまでして芥川君と虎の少年を引き合わせた理由は何かね?」
「確かめたかったからさ。芥川君は本来は中・後衛で真価を発揮する異能者だ。敦君のように速度と根性骨を持つ前衛を補強してこそね」
「何時から此の状況を目指していたのですか?」
太宰はそっと目を閉じると思い出すように「敦君と最初に会った時から」と答えた。
「新しい世代の双黒が必要だ。間もなく来る"本当の災厄"に備える為にね。此処から先の展開は私にも見えない。けれど奴は既に動いている筈だ。嘗て私が一度だけ会ったあの"魔人"は必ずーー」
暫く続いた沈黙を破ったのは葉月だ。
「却説、そろそろ酔っ払いを迎えに行きますか」
そう言って立ち上がった。広津もそれに倣い立ち上がる。
「あら、太宰さんも戻った方が良いのではないですか?あの子、お酒強いですがタチ悪いですよ?」
太宰は眉間に皺を寄せて立ち上がった。
「では失礼するよ、太宰君」
「さよなら、太宰さん」
太宰は去っていく二人の背中を見つめ、身を翻し歩き出した。