第7章 友の幽鬱
その後は如何やって此処まで来たか覚えてないが、樋口は女子トイレにいた。鏡に映るその顔は亡者の様な生気を失った顔だ。鏡から視線を逸らそうとした時、頸元に短剣を突き付けられる自分と、自分の後ろに映るもう一人の姿が有った。
「!!」
「予演はその位にしておけ、銀」
女子トイレには似合わない低い声。樋口は横目でその声の主を捉えた。
「黒蜥蜴…」
「銀の野郎はそういうやれ潜入だ、暗殺だっつう陰気な仕事が多くてな。上の勅令で身内の喉を搔き切るなんてしょっちゅうだ。本番は驚く暇もないぜ」
銀に解放され咄嗟に頸に手を伸ばす。
「首領が……私を始末する、と?」
「今はない。だが、明日は判らぬ」
「…私を嘲いに来たのですか」
「警戒を促しに来ただけだ。私が貴女の立場なら暗殺者が枕元に来る前に身の振り方を考え直す。命を狙うのは上ばかりとは限らぬしな。首領直轄の遊撃部隊である芥川君と貴女は我ら武闘派組を直に動かす権限が有る。いわば上司だ。だが我らを傅かせるのは権限ではない。芥川君の持つ力への畏怖と崇敬だ。樋口君、芥川君の動けぬ今、貴女に我らが従いたいと思わせる何かが有るか?」
樋口は何も返せずその場を飛び出した。
自分が何処を歩いているのかも判らない。唯、足早に歩いていた。
ドンッー
「うっ!」/「わっ!」
角を曲がろうとした時、正面から人に打つかった。
「ッー済みませ…葉月さん」
「あっ樋口ちゃん」
打つかったのは中原幹部の部下で準幹部の萩原葉月。樋口と同じく補佐的な仕事を多く熟している彼女からは、沢山の事を学んだ師のような人だ。
「ごめんね。私も前見てなくて。大丈夫?樋口ちゃん」
「はい…大丈夫です。済みません、失礼します」
直ぐに去ろうとした樋口の腕を葉月は掴んだ。驚いて葉月の方を見る。
「待って、樋口ちゃん。そんな調子で歩いてたらまた人に打つかっちゃうよ。一寸寄っていかない?」
葉月に誘われて主人不在の中原幹部の執務室に向かった。