第5章 虎穴に入らずんば人虎を得ず
路地を出て待っていた車に乗り込もうとした時ー
「葉月…!待って……まって…!」
遠くから微かに聞こえる声。間違える訳はない。ずっと会いたいと思っていた。だが、その声の主を確認する事なく車に乗り込んだ。
「葉月さん…」
芥川も気付いたのだろう。少し心配そうに葉月の名を呼ぶ。
「出して下さい」
その声と共に車は発車した。ミラー越しに一生懸命走っている人影が見える。
「……よかった…元気なんだね」
葉月は窓に凭れ掛かるように頭を付けた。少し視界が滲んで見える。葉月はそっと目を閉じた。
● ● ●
ーーポートマフィア本部ーー
「葉月さん。首領への報告は僕から行います。少し休んで下さい」
「有難う。芥川君」
芥川の言葉通り、葉月は一人ふらふらとエレベーターに向かって行った。その様子を心配そうに見つめる樋口は、先刻は聞かずにいた事を芥川に尋ねた。
「あの子って…何方なんですか?」
「………葉琉さんは葉月さんの妹君だ。太宰さんと共に此のポートマフィアから姿を消した…」
裏切り者だ…と掠れるような声で答えた。樋口はそれ以上何も聞かなかった。芥川が余りにも切ない表情を浮かべていたからだ。その表情が何を表すのか、樋口には判らなかった。