第2章 ***
「ねぇ…この後和希くんのうちに寄っちゃダメ?」
「…!」
カノジョである麻衣ちゃんとのデート帰り…
突然そう言われ、俺は思わず噎せてしまうところだった。
「えっ…俺んち!?」
「うん…まだ1回も行った事ないし…」
「ダ、ダメダメ!ほら、部屋片付けてないからすげー汚いし!」
「そう?私は別に気にしないけど…」
「俺が気にすんの!つか、今度片付けたらちゃんと招待するからさ!」
「……わかった」
(ふぅ…あぶねー……)
それから麻衣ちゃんを無事家まで送り届けた俺は、1人自宅への道のりを歩いた。
彼女を家に呼べないのは、「部屋が片付いてないから」というのが本当の理由じゃない。
俺の住んでいるアパートが、人には見せられないくらいオンボロだからなのだ。
(こんな所に住んでるなんて知られたら絶対嫌われる…)
家賃3万円台の木造アパート。
ここへ越してきたのは3ヶ月前…かろうじて部屋にトイレと風呂はあるが、廊下も部屋の中もかなりボロい。
歩く度にミシミシと音は鳴るし、壁だってヒビが入りまくっている。
一度だけ友人を招いたら、「幽霊でも出るんじゃね?」とからかわれたりもした。
それでもこんな所に住んでいるのは、大学からも近く家賃も破格だからだ。
(ハァ…早く金貯めて引っ越してぇ……)
心の中でそうぼやきながら、今日も軋む階段を一段ずつ上る。
無意識に掴んでしまった手すりの錆が手に付着し、俺は思わず顔を顰めた。
「…っ」
階段を上りきったところで突然ぬっと現れた影に、危うく声を出しそうになる。
目の前にいたのは隣人の女だった。
「こ、こんばんは…」
「………」
そう挨拶するも、女は声も出さず軽く頭を下げるだけ。
どこかへ出掛けるのか、俺とは反対に階段を下りていく。
(相変わらず陰気くせぇ女……挨拶ぐらいしろよな)
その後ろ姿にそう悪態をついた。
彼女の名前は城山(下の名前は知らない)。
長い黒髪に、牛乳瓶の底のような分厚いレンズの眼鏡を掛けている。
俺が引っ越してきた際一度だけ挨拶をしに彼女の部屋を訪れたが、その時も彼女は「…どうも」とひと言発しただけですぐに扉を閉めてしまった。
なので初対面の時から彼女の印象は悪い。
他人と関わりたくないと思うのは勝手だが、最低限の挨拶ぐらいは返せよと思ったものだ。
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