第1章 あの世であなたを脱がせたい【おそ松】
「はぁ、少しの間だけって言ってたのに、奪衣婆(だつえば)さん、まだ戻らないのかなあ。私ひとりじゃ、困るのに……」
とうとうと流れる川のほとりで、私は溜息をついた。
ここはあの世とこの世の境界、三途の川。現世で亡くなった人々があの世に行くために渡る川だ。
私が今いるのは、彼岸。つまり、あの世側の岸辺。ここに座っていると、現世側の岸から死者たちが川を渡ってやってくる。
「あ〜あ、この仕事始めたばかりだけど、絶対向いてないよね……もう辞めたいよ……」
ぽつんと呟いた時、若い男性の死者が勢いよく岸に上がってきた。
「ぜぇっ! ぜぇっ! ぜぇっ! もぉ、何なのお!? 金持ってないから泳いで渡れって、ったく、死んでからも扱いひでぇ! ……ん?」
びしょ濡れになった男性が息を切らしながら、私を見る。
仕方ない、仕事だ。私は重い腰を上げた。
「あの世へようこそ。長旅お疲れさまでした」
頭を下げると、男性も釣られて頭を下げた。
「えーっと、おねーさんも死んだの!? こんなに若くて可愛いのに!」
男性は私をじろじろと見回す。
「いえ、私は鬼です。この場所の業務を担当しています。まだ、新人ですが」
「お、鬼!? 確かに頭に角みたいなのがうっすら見えるけど。見た目はほとんど人間じゃん! ねぇ、おねーさん、俺はこれからどうすればいいの?」
私は着物の袖にこっそりと隠したマニュアルを盗み見た。まだ、覚えきれていない。
「……まず、お名前を教えて下さい」
「俺? 松野おそ松で〜す! おねーさんは?」
男性は鼻の下を擦りながら笑う。