第4章 天泣
「なんだよ~?ニノ、俺の顔になんか付いてる?」
椅子にも座らないで、じっと見つめていた俺に、翔ちゃんは笑いながら自分の頬を撫でた。
……いつもと変わらない…
優しい笑顔…
すっと目を反らせて、俺は翔ちゃんの隣の椅子に腰を下ろした。
そこにカメラマンと記者が来て挨拶したり、簡単な日程の説明をする。
頷きながら、相槌を打ちながら聞く翔ちゃん。
俺はまた、そっと彼の横顔を見つめた…
……綺麗だな…相変わらず…
あの頃と変わらない…まあ、少しは老けたか…
「…いいですか?二宮さん、ここ…」
「あ、は、はい…」
机の上に広げられたスケジュールを覗き込むと、翔ちゃんとの距離が詰まる。
……あの香りだ…
最近替えたと言っていた…翔ちゃんの…
爽やかでほんのり甘い、フルーツのような香り…
俺は、誰にも分からない様に視線の隅に翔ちゃんの首筋を捉えた。
白くて、男らしく太い首…
ここに、雅紀の腕が絡まって、香が移った…
……嘘だって思う気持ちが、
そんなはずはないって信じていた僅かな望みが…
小さな泡となって消えた。
雅紀は、俺に隠れて翔ちゃんと会っている。
俺に内緒で…
俺をだまして…
「ニノ?大丈夫~?顔色悪いよ…」
えっ??
あ…そうだ、仕事中だった。
「えっ?そうかな?いつもでしょ…」
そう笑って見せた。
そんな俺を、翔ちゃんは、気持ちの読めないビー玉みたいな瞳でじっと見つめてから、
「ちゃんと食べろよ?」
と笑った。
その時は、もういつもの彼だった。
俺は、翔ちゃんに見えないところで、ぎゅっと強く拳を握りしめて、立ち上がった。
「よし!やるよ!も、直ぐいこう!」
「お、ニノ、スイッチ入った!」
現場は笑いに包まれた。
爪の食い込んが俺の手のひらは、
うっすらと鬱血していた。