第2章 朧雲
【雅紀】
目が覚めると、翔ちゃんの腕の中にいた。
物音一つない部屋の中、規則正しく響く、翔ちゃんの呼吸の音。
辺りは薄らと明るくなり始めている。
朝の淡い光に彩られた翔ちゃんの睫毛は、とても綺麗で。
目頭がじわりと熱くなって。
眉間に力を入れて、堪えた。
夢を、見た。
遠い過去に置き去りにした、儚くも幸せな夢。
でも、夢は夢でしかなくて。
目が覚めれば、夢は終わる。
夢は
終わったんだ
俺は体に巻き付いている翔ちゃんの腕をそっと外し、ベッドを抜け出した。
勝手に使うのも気が引けたけど、起こす方がもっと気が引けて。
シャワーを借りてさっと体を洗い流し、寝室に戻ると、昨日脱ぎ捨てた服を身に着けた。
そうして、鞄を手に取る。
でもなかなか勇気が出なくて、開けることが出来ない。
無意味に、時間だけが過ぎていく。
「…ん…まさ…」
ベッドの上で、翔ちゃんがもぞりと動いて。
俺は慌ててリビングへと移動した。
手を1度強く握りしめ、意を決して鞄を開ける。
携帯を取り出して、画面をタップすると、未読10の文字。
『おまえ、ホントに来るの?』
『来たきゃ来てもいいけど…』
『ずいぶん、時間かかってんね?』
『そんなに大変な撮影なの?』
『お疲れさま』
『今日は遅くなったから家に帰れよ』
『やば…胡座かきすぎて、また捻挫しそう(笑)』
『目が霞んできた…もう寝るわ』
『おやすみ』
『明日は、家に来いよな』
ぽたり、ぽたり、と画面に雫が落ちる。
ごめん…
ニノ、ごめん…
もう2度と、こんなことしないから…
俺はグイッと涙を拭うと、鞄を抱え、逃げるように部屋を飛び出した。
振り向くことも、せずに。