第3章 ようこそ、お姫様
私はきっと、あの村での現実を直視できなかった。
あの村を、あの村と思う事すら出来なかった。
事実が耳の奥底まで届いた時には、もう、異世界にでも飛ばされたんじゃないのかなと思った。
だから……助けてと。死にたくないと。何度も叫んだんだ。
叫びが届いたのかどうかは知らないし、知ったとしても正直理解できないと思う。
__運命は、少し、過言かな。
そう思う私に、心の中で苦笑した。
「ごめんなさい……ありがとうございます」
私はしゃがんでいた体勢から立ち上がって、ぺこりと頭を下げる。
床に向く視線の脇に、彼の靴が見えた。
という事は、彼が目の前に立っている。
慌てて、視線も身体も前に向けると彼は満面の笑顔だった。
準備している言葉を、早く言ってしまいたいというような、子供みたいにウズウズした表情。
その笑顔の意味にクエスチョンマークを浮かべると、
一秒後__
「恋奈さ。俺らの、姫にならねえ?」
と、彼は、とんでもない事を言い出した。
__あぁ、だから あんな子供のような表情だったんだ。
今更冷静に分析するけど、言葉を理解する方の脳は全く機能していない。
姫イコールプリンセス。
シンデレラや白雪姫……童話のお姫様は、私には似つかない美しい夢の存在。
それにならないかと、彼は今言った。
私にプリンセスは出来るだろうか、なんて、先回りした考えがポンポンと出てくる。
「ひ、め……」
言葉に出してみたけれど、やっぱり、私は姫じゃない。
第一私は生贄だ。それこそ、ドン底から這い上がってくる 映画のような展開。
それを実現、しかも現実でなんて__
「恋奈」
頬を両手で挟まれて、いつの間にか下を向いていた視線が前に向く。
「モトキ、さん__」
不安の入り混じった声をまるで遮るように、掴んで捨てるように、モトキさんは私の頬から手を離して言った。
「心配しなくていいよ。
俺らが選んだ姫は、他の誰でもない恋奈だから」
「……他の誰でも、ない?」
モトキさんの言葉をリピートすると、モトキさんは優しく頷く。
その頷きは、私が全てを知っていく事を合図しているかのように優しかった。
__他の誰でもない、私。
それはきっと、生贄でも何でもない。
普通の私だ。