第7章 ヨコハマギャングスタアパラダヰス
『……龍之介?』
声が降ってきたのと共に、路地に姿を表したのはなまえだった。
「ありゃ…どうして来ちゃったのかな、なまえちゃん…仕事は」
『怪しいと思って追ってきてみれば……治の莫迦!嘘つき!薄情者!治なんかもう嫌い!』
なまえが力の限りそう叫べば、太宰はショックすぎて固まっている。
「…貴女は…探偵社の!?」
樋口が突然現れたなまえを視界に映して叫んだ。
「………なまえ…さん……」
芥川の喉の奥から出る弱々しい声が、彼女の名を呼んだ。
『………龍之介…』
一歩、また一歩と芥川がなまえの元へと歩み寄れば。なまえは駆け寄り、芥川をぎゅっと抱き締めた。
「……ッ、」
樋口は驚き目をぱちくりしながら顔を赤らめている。
太宰はやれやれといった様子で、自身の背中に倒れている谷崎をよいしょ、と背負った。
『……久しぶりね……元気にしてた?』
「……其れを云いたいのは僕の方に御座います……なまえさん。」
芥川は、自身の両腕でおそるおそるなまえの華奢な身体をそっと抱き締めた。
芥川にとって懐かしい匂いが、鼻を掠める。それは幼き頃から知っている、待ち焦がれた人の匂いだった。
『そう……よね……』
なまえは自嘲気味に笑い、そっと芥川から身を離した。
太宰が、路地の先でなまえを待っている。
なまえは名残惜しそうに芥川を見つめたが、くるりと背を向け、倒れている敦を背負い、太宰の方へと歩き出した。
芥川は、なまえの背中に向かって口を開いた。
「行かれるのですか」
『…ええ』
「……僕を置いて行かれるのですか。あの時のように。」
弱々しい芥川の声に、なまえは立ち止まる。ぐっと拳を握り、再び太宰の方へ歩みを進めた。
「なまえさん……ッ貴女は……!」
芥川の小さな叫びも虚しく、太宰となまえの背中は遠くなって行く。
「……芥川先輩……?」
初めて見る上司である芥川の弱々しい、おそらく一人の男としての一面に、樋口の胸はじんじんと痛んだ。
「……行くぞ、樋口」
「……はい」
何処か寂しげな芥川の背を、樋口はただ、黙って追うことしかできなかった。