第2章 戻れない場所
横浜の港湾から海沿いに十分も歩くと、人口林に囲まれた倉庫街にたどり着く。ポートマフィアをはじめとする黒社会が管理する、謂わば地雷地帯だ。
その沿岸に今朝、三人の人間の死体が打ち上げられた。
「市警に連絡が行かぬよう手を回せ。それから掃除屋を呼べ。死体を運ばせる」
死体が打ち上げられた現場では、黒服の男達が黙々と動いていた。ポートマフィアの構成員達。
理由はふたつ。打ち上げられた死体が彼等の同僚ポートマフィアの構成員のものであるため。そして事態の重さから、現場に間もなく五大幹部一人と準幹部一人が視察に来るためだ。
「遺体の構成員に家族がいたか調べよ。もしいれば……家族には私から説明する」
現場を指揮するのは、年かさのマフィア員だ。白髪に葉巻、黒外套も背広も、残らず糊を利かせた、紳士然としたマフィア。最古参のひとり、広津柳浪だ。
「間もなく幹部と準幹部がお着きになる。それ迄に被害の様相を纏めておくのだ」
「おっはよー皆さーん」
『おはようございまーす』
広津の言葉とほぼ同時に、声がした。全員が緊張した顔で振り向いた。
現れたのは、少年少女と云っても通じそうな若者二人。
少年の方は、頭と頸と腕の包帯、黒の蓬髪に飄々とした足取り――ポートマフィア五大幹部のひとり、太宰治。
少女の方は、まるで人形のように整った顔が特徴的だ。胸元まで伸びた亜麻色の髪を靡かせながら凛と歩いている――ポートマフィア準幹部のひとり、みょうじなまえ。
広津は素早く葉巻きの火をけし、アタッシュケースに仕舞った。黒服の全員が胸に手を掲げて最敬礼を行った。
「待ってね今、可愛いお姫様のためにこの難関面をクリアする所だから――あ、拙い、抜かれた!喰らえ爆撃!げえ、避けられた!」
『何やってんの!そこは爆撃じゃなくて雷鳴でしょ!もー、"中也"に頼めばよかった!』
「ちょっとなまえ、それは聞き捨てならないね。中也に頼むだって?許さないよ、私。そんなことをしてごらんよ、この携帯電子盤を踏み潰して燃やしてやる!」
『じゃあ責任もってクリアしてよ!其れを倒さないと次の面に行けないの!』
「判ってるとも!私に任せたまえ!」
太宰は歩きながら、小型の携帯電子盤と格闘していた。そして隣を歩くなまえは、眉を顰めながらその画面を真剣に覗いている。