第5章 人生万事塞翁が虎
「君も『異能の者』だ。現身に飢獣を降ろす、月下の能力者ーーーー」
自我を完全に失った虎は太宰となまえに向かって襲い掛かるが、二人は其々別の方向へと素早く避けた。
「これは凄い。人間の首くらい、簡単にへし折れるね。」
『…治。』
「私がやろう。君の力を借りるまでもない。」
太宰の言葉になまえはこくりと頷いた。じりじりと壁際にまで追い詰められた太宰は、静かに口を開く。
「獣に喰い殺される最期というのも中々悪くはないがーーーー君では私を殺せない。」
―――"人 間 失 格"
「私の能力はあらゆる他の能力を触れただけで無効化する。」
太宰が触れた虎は、光を纏いながら再び姿を変えた。
意識を失い倒れかけた敦を、なまえがゆっくりと抱き留めた。
「これはこれは、妬けるねえ。」
『はいはい。国ちゃん達、来たみたいだね。』
足音と共に倉庫の入口からは、国木田をはじめ、武装探偵社の社員が次々と姿を現した。
「やァ、遅かったね。虎はトラえたよ。」
「その小僧…じゃあそいつが…?」
『虎の能力者よ。でも変身している間の記憶がなかったんだね。』
「…なんだ、なまえもわかってたのか。全く。次からは事前に説明しろ。肝が冷えたぞ。お陰で非番の奴らまで駆り出す始末だ」
「なンだ、怪我人はなしかい?つまんないねェ」
―――与謝野晶子
能力名《君死給勿》
「はっはっは。中々やるようになったじゃないか太宰。なまえちゃんがいるから当然か。まぁ、僕には及ばないけどね」
―――江戸川乱歩
能力名《超推理》
「でもそのヒトどうするんです?自覚はなかったわけでしょ?」
―――宮沢賢治
能力名《雨ニモマケズ》
「どうする太宰?一応区の災害指定猛獣だぞ」
―――国木田独歩
能力名《独歩吟客》
「うふふ。実はもう決めてある。」
―――太宰治
能力名《人間失格》
『決まってるじゃない!』
―――みょうじなまえ
能力名《暗夜行路》
「『うちの社員にする!!』」
「はぁぁああぁ!?!?」
満月の夜。
国木田の渇いた叫びが、十五番街の倉庫に木霊した。
これが事の始まり
怪奇ひしめくこの街で
変人揃いの探偵社で
これより始まる怪奇譚
これが先触れ 前兆し