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青 い 花 【文豪ストレイドッグス】

第5章 人生万事塞翁が虎




ヨコハマの中心部から少し離れたところに流れる、一本の川の淵に、少年は立っていた。



彼の名は、中島敦。


―――故あって餓死寸前である。


孤児院を追い出され、食べるものも寝る場所もなく。かといって盗みを働く度胸もなく。
彼はこんな処まで来てしまった。生きたければ、盗むか奪うしかない。けれど、頭の中を忌まわしい声が駆け巡るのだ。


"お前など孤児院にも要らぬ!どこぞで野垂れ死んだ方が世間のためよ!"


五月蝿い

僕は死なないぞ

生きる為だ

次に通りかかった者、そいつを襲い

財布を奪う――!!


少年が、そう心に決め立ち上がった瞬間だった。


「……(気配!!)」


しかし、敦は目の前に広がっている光景に絶句した。
川から出ている、人の両足。細いその足からは、男か女か判断するのは少々難解である。


「……これはノーカンで……」


そう自分に言い聞かせるように小さく呟けば、がさっと背後で音がした。感じ取った気配に敦が振り向くと、そこに立っていたのはひとりの女性だ。

華奢な身体のシルエットにぴったりの白い襟衣に砂色のミニスカート、肩にはスカートと同じ色の短めの外套を羽織り、首元には一目でわかるほど高級じみたチョーカーが巻かれている。
胸元辺りでふわりと靡く亜麻色の髪に、透き通るような真っ白な肌。大きな瞳を囲む長い睫毛、すっと通った鼻筋に、形の良い唇。すらりと伸びた四肢は、陶器のように白く滑らかだ。

生まれて始めて見る絵に描いたような美女の姿に、敦は自分が今置かれている状況を忘れ、まんまと目を奪われていた。


『………ねえ、君』


敦がその美女に話し掛けられているのだと気付くまで、時間にして数十秒。敦はハッと我に帰ってから、重要なことに気付いてしまった。


「……(次に現れた者の財布を奪う……いやいや!こんな美女から!?)」


自分の中で葛藤していれば、あろうことか目の前の女は、敦にぐい、と顔を近づけてきた。


「……ひィッッ!?」


敦は顔を真っ赤にして、後ろに仰け反った。敦の反応に、女は困ったように眉を顰めている。


「ッご、ごめんなさい!!あのッ…その、見惚れてしまいました、といいますか…」


挙動不審になりながらそういう敦に、女はきょとん、としている。
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