第1章 可能性の文字
―――”ストレイドッグに。”
そうして私達は、酒杯を交わした。
カラン、とグラスの中で氷が揺れる音がする。
「ねえ、そういえば安吾、その鞄の中に写真機ってあった?」
「ええ、仕事用ですが」
「写真を撮ろうよ」
唐突に太宰が明るい声で云った。
「記念にさ」
「何の記念だ?」
私は訊いた。
「四人がここに集まった記念。あるいは安吾の出張完了祝いか、不発弾処理祝い。なまえが可愛すぎる祝い。その他なんでも」
「幹部殿の仰せのままに」
安吾は肩をすくめながら云うと、鞄から黒い写真機を取り出した。
「かっこよく撮ってよ」
『ねえ安吾、私のこともちゃんと可愛く撮って』
「安心してください。なまえさん、貴女はどう撮っても可愛くしか撮れません」
「うわ、安吾ってば、さりげなくなまえを口説かないで貰える?」
「なまえさんを口説いたりなんてした日には、貴方に何をされるか分かったものじゃないですよ」
安吾は苦笑しながら、太宰やなまえや私の姿を撮影して云った。
「このアングルが男前に撮れる」
太宰は云いながらスツールに脚を乗せ、体を傾けてポーズを取った。
そして、グラスの上に写真機を乗せ、四人並んで写真を撮った。
「太宰、何故急に写真なんだ?」
「今撮っておかないと、我々がこうやって集まったという事実を残すものが何もなくなるような気がしたんだよ。何となくね」
その通りになった。
その日が、我々の間にある目に見えない何か――失った後の空白によって存在を知ることができる何かを、写真に残すことのできる最後の機会だった。
私達がその酒場で写真を撮る機会は、二度と来なかった。
四人のうち一人が、その後まもなく死んだからだ。