第3章 いつか海の見える部屋で
「もう同じ思いはさせねえ。手前の大切なモンはなんだろうと全部俺が守る。誰ひとりだって死なせやしねえ。だから―――」
『中也』
中也の言葉を遮るように、なまえは中也の名を呼んだ。それはまるで、その先の言葉は言うな、と訴えているように見えた。その先の言葉を中也が口にして仕舞えば、今度は彼が大切なものを失ってしまう気がしたからだ。
なまえは彼のまっすぐな瞳をしばらく見つめてから、ふっと微笑んだ。それは、優しいけれどどこか悲しい、そんな笑顔だった。
『ありがとう』
なまえはぽつり、と云ってから立ち上がり自身の頭にのっていた帽子を持ち主の頭にそっとのせた。
『帰ろう、中也』
「……ああ」
中也が腰をあげる。
なまえはどこかおぼつかない足取りで、丘を降りていく。中也は、その弱々しい背中をじっと見つめていた。
ふいに、振り返ったなまえと目が合う。そして、彼女はへにゃりと笑った。
『二週間暇だから、たまにはゲェムの相手でもしにきてよ』
「……莫ー迦。云われなくても毎日相手しに行ってやるよ」
『ええ、毎日は鬱陶しいなあ』
「うんざりするほど側にいてやるよ。暇も孤独も感じねえくらいに」
海風に吹かれながら、背丈のあまり変わらない二つの背中は寄り添い歩き出した。
心だけが知っている、進むべき道へ。