第3章 いつか海の見える部屋で
白く長い廊下を、なまえは歩いていた。
両手いっぱいに資料を抱え、幹部執務室へと向かう足取りは心なしかいつもより早い。
すると、ポケットの中で、携帯電話が無機質な音を立てて鳴った。なまえは眉をしかめ、資料を顎で押さえてから片手を解放し、携帯電話の通話釦を押した。
『此方みょうじ――』
通話口から聞こえた太宰の声に、なまえは何も答えなかった。否、何も云えなかった。
耳に充てられていた携帯電話が、静かな音を立てて廊下に落ちた。
抱えていた資料が、勢いよく崩れて床に舞う。
なまえはただ、舞っていくその紙片を見つめることしかできなかった。
「――なまえ!」
廊下の先で自分の名前を呼ぶ声と慌ただしい足音に、なまえはやっと我に返った。床に落ちた資料を拾おうと手を伸ばせば、それは黒い手袋をした細い手指に遮られた。
なまえが顔をあげてみれば、そこには、眉根を寄せ酷く不安げな顔の中也が自分を見つめていた。
「……如何したんだよ……、」
ぽつり、と云ってから中也は、黒い手袋越しになまえの頬をそっと撫でた。それは、瞳から零れる”温かい何か”を拭うように。
「なんで……泣いてんだ……」
中也の言葉を聞いて初めて、なまえは自分が泣いていたことに気付いた。
―――”「織田作の養っていた孤児たちは、全員死んだ」”
通話口の太宰の声は掠れていた。
織田の養っていた孤児たちが、ミミックによってバスに拉致され、爆破された。洋食屋フリイダムの親爺も殺されていた。太宰は今、織田もいるであろうその爆破現場に向かっているとのことだった。
頭が追い付いていかなかった。
つい先日、何時ものようにカレーライスを食べた。子供達も、元気に笑っていた。それなのに。
――織田のことを考えると、胸が苦しくて堪らなかった。呼吸をするのが、苦しかった。