第5章 『 汚れっちまった悲しみに』
「太宰、私」
「泰子じゃないか!どうしたんだい?私に会いたくなった?あれ、それより此れは国木田君の携帯だよね?」
「知らばっくれるな。早く戻って来て」
「──了解」
それだけ話すと泰子は携帯を国木田へ返した。
そこへ今迄怯えた様子だった少年、中島敦がお茶を運んで来た。
「有難う、人虎くん」
「ひっ...い、いえ!どういたしまして...?」
「そんなに怯えなくても急に襲ったりはしないよ」
湯呑みに口をつけながら泰子はふっと笑う。
敦は戸惑いながら、あの、と泰子に声を掛けた。
「太宰さんとは、どういう関係なんですか...?」
「君にはどう見える?」
質問を質問で返され、敦は黙る。
そもそも太宰と彼女が一緒にいる所を見た事がないのだ。
どう見えると問われても答えられないのは当然だった。
「たっだいまー」
「遅い」
「そんな事言わないで。泰子の為に急いで戻って来たのだから」
「五月蝿い。国木田?だったかな。太宰を借りるよ」
太宰の体に巻かれた包帯を引っ張りながら、泰子が探偵社を後にしようとするが、国木田が泰子の腕を掴んで阻止した。
「何をする心算だ」
「離して」
「答えろ」
「言葉が通じなかった?離してと言ったの」
低い声色で発せられた泰子の言葉と、その言葉に孕まれた怒気に国木田は一瞬怯んだ。
その間に泰子は踵を返すと、太宰を連れて今度こそ探偵社を後にした。