第1章 真島という男
――ここは東京神室町。
通りのそびえ立つアーケードの明るさが眠らない夜の町を煌々と照らしている。
明日は週末のせいか通りには一際人間多く、まるで眩しいぐらいの光を求める虫の様に神室町へどんどん怪しい歓楽街に吸い込まれていく。
ネオンが当たり前のように輝き、
町を行き交う人の分だけ出会いと別れがある。
その一時に誰もが酔いしれ、現実離れしたこの世界にどっぷりとはまり、まるで夢心地のような錯覚さえ起こしてしまうだろう。
そして今宵もこの町のどこかで人間同士が織り成すドラマが生まれているに違いない――……
「ありがとうございました~」
店の扉が開くとからんからんとベルが店内に鳴り響き、
客の出入りを知らせる。
ここはメイン通りから程近い喫茶アルプス。
店内には数人の客がいて食事をしながら個々の時間を過ごしていた。
一人の客が店を出て行ったと入れ代わりに二人組の客が店内に足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ……」
そこで働くウエイトレス姿の雅美が扉の方向へ向くと思わず体の動きがぴたりと止まった。
「雅美ちゃ~ん。お勤めご苦労様さ~ん」
満面の笑みで雅美に向かって手を振る人物と、
その横で呆れた顔をしてため息をつく人物。
その姿からはどう足掻いても一般市民には思えない服装と怪しいオーラを醸し出していて、
店内にいた客全てがその二人組にくぎづけだった。
扉が程近い場所にいた雅美が二人を空いてる席に案内すると、
左に眼帯をし大阪弁を話す男性が堪忍してな~と言って笑いながら席に腰を下ろした。
「桐生ちゃんがどうしても来たい言うからさ~」
「兄さんが無理矢理誘ったんじゃないですか……」
互いに向かい合わせに座った桐生が男性から目をそらし、
俯きながら陰口をぼそりと呟くと、テーブルの下でドンッ!と鈍い音が聞こえてきた。
「――いっ!」
「何言てんねん桐生ちゃん~。こいつの言った事は気にせんといてなぁ」
「はぁ……」
桐生の顔色が真っ青になって体を丸めながら足元に手を伸ばしている。
その姿と兄さんと呼ばれた人物の屈託の無い笑みを見た雅美の顔が自然と引き攣っていた。