第17章 8月 Ⅳ
誠凛高校バスケ部、夏の二度目の合宿場所は山。
近くの温泉旅館に止まりながら、今回は相田の父親、景虎の指導を受けていた。
それは戦略やテクニックの指導ではなく、基礎体力強化に重点を置いた内容だった。
午前中はアップダウンの激しい山中でのノンストップケードロゲーム。
それは海合宿での砂浜トレーニングよりもキツイらしく、昼にはみんなゾンビの様になって戻ってくる毎日。
午後はひたすら個人のスキルアップメニューの反芻。
「アリスさん、前に頼んだ事覚えていますか?」
『海での話?』
体育館の隅で2号と遊んでいたアリスに黒子は声をかけた。
青峰からの電話で邪魔されてしまったが、あの夜、黒子は彼女に自分の練習相手を頼んだのだ。
「はい、頼めますか?」
『いいよ、でも相手にならないかもしれないよ?』
黒子がアリスに相手を頼んだ理由は、彼女が一番自分をしっかり認識していると思ったからだ。
「…あれは何をしてるんだ?」
「睨めっこ?」
ボールを手にした状態で向き合っている。
側から見たら何の練習をしているのかさっぱりわからない。
しかし、黒子もアリスも真剣な表情を浮かべている。
視線誘導の精度向上。そして持続時間の強化。
その練習が睨めっこ、らしい。
動くボールをしっかり視界に捉えながら、それとは真逆の方へと視線を動かす。
『あっれ。今、見失ってた。』
ボールの動きはしっかり見ていたはずなのに、黒子の思いもよらなかった行動に気を取られ、自分の背後にボールが落ちる音がしてから気が付いた。
頭上を通ったのか、足元を抜かれたのかもわからなかった。
互いの距離を唐突に詰め寄られアリスの意識が驚いてボールから離れたのを黒子は見逃さなかったのだ。
「でもこれでは試合では通じません。」
攻めてくると思って構えている相手では、詰め寄る動きは驚く様な事ではない。
アリスさんだから通用したんですよ、と呼吸を乱しながら黒子は言った。
かなりの集中状態でのこの練習は、見ているよりもかなり体力を消耗する。
『詰め寄る位置はどうかな?』
「位置、ですか?」
『そう、位置。確か人間の目には死角があるって聞いた覚えがあるの。』
詰め寄ってきた相手が目の前で消えたら驚くじゃない?とアリスは笑った。