第63章 新 8月 Ⅳ
再戦まであと3日。
慣れな寝具のせいか、あまり眠れなかったアリスはまだ夢の中にいるリコと桃井を起こしてしまわない様に静かに部屋を出た。
夏の朝は早い。6時を過ぎたばかりだが太陽はしっかり空の上。
寝不足のせいかスッキリしない妙な感覚が身体に残っており、アリスは少し走ろうとそのまま外に出た。
いつもの様に大好きなアップテンポの曲を聴きながら軽くジョギングして戻って来ると、まだ練習開始時間には早いが体育館からボールの音が聞こえた。誰かが早朝自主練習しているらしい。
「…覗くだけじゃなく手伝うのだよ。」
『あれ?気が付いてたの?』
まるで機械の様に淡々とカゴいっぱいに入っていたボールがなくなるまでシュート練習をしていた緑間は、最後の一球を見事に決めるとチラリとアリスの方へ視線を向けた。
彼の狙いが正確だった為、予めゴール下に置かれていた空のカゴにほとんどのボールは入っているが、互いにぶつかった力で飛び出してしまっているものもある。
その内の1つは彼女の足元にも転がってきており、それを拾ったアリスは片付けをするのだろうとカゴに向かう。
「どうやら迷いは無くなったようだな。」
『え?』
「昨日、黄瀬を相手にしていたお前は別人の様だったのだよ。」
『迷いって言うか、うん。まぁ、そうかな。』
どこか恥ずかしそうにそう言ったアリスは、優しく手にしていたボールをカゴに入れる。
「今のお前が本来の姿なのだろう。はっきり言って、シュートはとても褒められるものではないが。」
『基本のレイアップも成功率低いからね。緑間君からしたら私なんて下手くそにしか見えないでしょう?』
今から練習したら少しは成功率が上がるのかな、なんてふざけている様な口調で言ってはいるが、その言葉は彼女の本心の様にも聞こえる。
「少しなら教えてやってもいいのだよ。」
『本当?!』
やったー!とまるで幼い子供の様にはしゃいでボールいっぱいになったカゴを勢い良く押してくる。
取り敢えずやってみろ、と自分の立っていたフリースローラインに彼女を立たせた緑間は、空になったカゴをゴール下へと運ぶ。
タンタンとゆっくり数回、呼吸を整える様にボールをついたアリスは静かに両手を上げた。