第58章 新 7月
唐突にアリスから聞かされた話に、返す言葉が見つからずに火神は立ち竦んでいた。
夏休みに入ったらすぐに渡米する、ケロっとアリスはそう言ったのだ。
だから今は自分に出来る精一杯のサポートをするんだと彼女は微笑んだ。
『パパの帰国準備の手伝いして一緒に帰ってくるからさ。』
「お前、インターハイ本戦にも帰って来ない気なのか。」
決勝戦までには帰れるから大丈夫でしょ?と、まるで誠凜がインターハイでも優勝出来ると信じて疑わない、そんな彼女の自信に満ちた答えに火神はまた、言葉を失ってしまった。
『それにね、木吉先輩のお見舞いにも行くしそのついでに私の手も診てもらう事になってるんだ。』
アレックスが一度診てもらえって言うから、とフワフワに干されたタオルをたたみながらアリスは言った。
「…なんで、今なんだよ。」
『別に急な事じゃないよ、春休みにパパと約束してた事だし。監督とキャプテンにはちゃんと話てあるよ?』
「はぁ?!」
なら何で俺には、俺達には言ってくれなかったんだよ!と怒りにも似たドロドロとした熱い物が込み上げて来るのを必死に抑え込む事で精一杯だ。
『…あれ?言ってなかったっけ?』
「聞いてねぇよ!」
『ゴメン、言ったと思ってた。』
そう言ったアリスは本当に既に話したつもりでいたのだろう、火神の必死の形相に申し訳ないと困った様な顔をした彼女は手を止める。
「…俺も怒鳴って悪かった。」
ふぅ、と大きな溜息をついた火神はドカッと部室内の真ん中に置かれているベンチに座り込んだ。
そしてもう一度、今度は何か決心した様に大きく息を吐く。
「なら後一週間、お前にはみっちり付き合って貰うからな。」
『うん!』
アリスが帰国した時に、みんなで笑顔で彼女を迎える為にも絶対に負けるわけにはいかない。
よろしくな、と大きな手を伸ばした火神にアリスは満面の笑みで自分のそれを重ねしっかりと握り返した。
『っちょ!』
それをきっかけに、火神は彼女の手をしっかりと握ったまま手を引き戻したのだ。
大きな腕の中にすっぽりとおさまってしまう。
「絶対に帰って来いよな。」
抱き締められているせいで顔が見えないが、そう言った火神の声にはいつもの元気がない様な気がしてアリスはハッとする。