第34章 クリスマスイヴ II
楽しい時間はあっという間に過ぎる。
火神親子も一緒だったのは想定外だったが、結局はアリスとクリスマスイヴを過ごせた。
名残惜しいが、そろそろタイムリミットだ。
時計をチラッと見た黄瀬は、申し訳なさそうにこの場から退席する事をみんなに伝えた。
「今日はホント、楽しかったっス!ご馳走さまでした!」
誰から見ても好感の持てる綺麗な笑顔でそう言った黄瀬は、席を立つ。
克哉にまた遊びにおいで、と言われ二つ返事で了承していた。
駅まで送ろうか?と言ってくれたアリスに、そんなことはさせられない、玄関までの見送りで十分だと笑う。
『涼太、あのね…。』
「どうしたんスか?そんな顔、折角のイヴに。」
賑やかなリビングを出て二人になるとアリスは明らかにさっきとは違う重い表情を浮かべた。
『涼太の試合を忘れてたわけじゃないの!でもね…。』
あー!と黄瀬はニコっと笑う。
ここに来た時にふざけて言った事をアリスは真剣に受け止め考えていてくれたらしい。
その気持ちだけで、黄瀬は十分だと笑顔になる。
「わかってるっスよ。あれは俺の意地悪っス。」
『次はちゃんと応援に…。』
「いいっスよ、折角克哉さんも帰ってるんだし親子の時間大事にして。」
トントンと爪先で靴の履き心地を直し終えた黄瀬は、俯くアリスの頭を優しく撫でる。
けれどアリスの表情は晴れない。
自分で言った事でここまでアリスを悩ませてしまうなんて、嬉しいような悲しいような。
「あ!忘れてたっス!…はい、メリークリスマス!」
玄関を出た所でふと、足を止めた黄瀬はスポーツバッグから綺麗に包装された小さな箱を取り出した。
差し出されたそれを受け取ったアリスは、いいの?と一言。
「当たり前じゃないっスか!本当はそれを渡したくて来たんスよ。」
『ありがとう!』
やっと笑ってくれたっスね、と安心した黄瀬は子供の様にキラキラした目でプレゼントを眺めるアリスに改めて彼女が好きだと感じていた。
「んじゃ、またね!」
『気をつけてね!』
本当はこのまま、アリスを一緒に連れて帰ってしまいたい。そんな衝動に駆られる。
まだ、家の前で見送ってくれている姿に振り向き大きく手を振った。
『涼太ぁー、ありがとう!またねー!』