第91章 風向きが変わったら
離さないで、と向が繰り返す。
血と、砂と、涙でぐちゃぐちゃになった彼女の顔を見て。
死柄木は歯を食いしばり、指先だけ捕まえていた彼女の掌を、しっかりと掴みなおした。
「……深晴」
ーーー俺と、一緒に行こう
一縷の望みを抱いた。
彼女が父親の夢を壊そうが、飛行機を墜落させようが、そんなことはただの杞憂だろうが。
どうだって良かった。
なんだって良かったんだ。
なんだって赦してやれる。
そのくらい、大切だから。
ヴィランのくせにと言われても。
人殺しが何をと言われても。
あぁ、許されるのなら
いつまでも二人、おまえと
おまえと
死柄木の五指が触れた彼女の掌。
バラバラ、ばらばらと。
彼女の白い肌が崩れ、血がじんわりと滲み始めた。
「ーーーッ!!!」
ゾッとした死柄木は腕を即座に引っ込め、地面へと落下していく。
緑谷と切島が彼女を無理矢理引き上げ、爆豪が空いた左手で爆破を起こした。
手が離れて、一瞬だった。
向と死柄木は互いに腕を伸ばしたまま、視線をかわし続け。
(ーーーあぁ、嫌だ)
(ーーーあぁ、嫌だ)
諦めきれず、手を伸ばし。
「暴れんなクソ女!!!」
「死柄木、まだ間に合う!もう一度だ!!」
叩き落とすぞ、と。
向は、敵のような言葉をかけてくる仲間に抱きかかえられ。
諦めるな、と。
死柄木は、味方らしい言葉をかけてくる仲間に抱きとめられた。
次第に小さくなっていく彼女の泣き顔を眺め、死柄木は少しの間放心したあと。
握りしめていた自分の掌を開き、その掌を見下ろした。
そこには。
彼女の一部だったはずのものが、今や塵となって存在している。
手元に残った彼女の名残すら。
風が吹き、パラパラと。
彼の掌からすり抜けていく。
「………もう、いい」
「死柄木、でも……!」
「………もう…いいんだよ」