第9章 お忘れではございませんか
俺の名前は轟焦凍。
雄英高校ヒーロー科、1-Aに所属している。
現在地は、LUNCHRUSHのメシ処と名付けられた食堂の出入り口。
(……暑ぃ)
「いてえいてえ!」
「押すなって!」
「ちょっと待って倒れる!」
「押ーすなって!」
昼休みが15分ほど過ぎた頃だったか。
突如として鳴り響いた学校のセキュリティアラームが、この学校に侵入者が現れたことを告げた。
全校生徒が一堂に会する食堂はあっという間にパニックに陥り、俺が立っていた入り口付近には人が押し寄せた。
人探しをしていた俺は、「人が自分の方に流れてくるのなら、探すために移動しなくて楽だ」なんて浅い思考の末、数秒後には、ぎゅうぎゅう詰めの先頭集団に絡め取られた。
とても暑くて、居心地が悪い。
フィジカル負けだなんだという問題以前に、何重にも折り重なるように押し寄せる集団の力に、身体の自由が奪われる。
(…俺、なんでこんなことしてんだ)
大人しく、教室で待っていればよかった。
後悔先に立たずとはこのことだ。
うんざりするような人の群れに押し流されながら、全員氷漬けにしてやれば少しは涼しくなるだろうか、なんて。
ヴィランみてぇな考えで、ヤケを起こそうとしていた俺の頭上を、誰かが宙返りしながら通過していった。
(……向?)
宙を舞う人影に、一瞬、探し人の姿を重ねた。
「皆さん…大丈ーーーー夫!!!」
その野太い声に
(…違うか)
と一人でがっかりしながら
「ただのマスコミです!何もパニックになることはありません!大丈ーー夫!!」
なんて、非常口の標識に使われるピクトグラムの人型のような体勢で、静まり返った大観衆に指示を出す飯田を見上げた。
(……あぁ、そうか)
その大胆で、少し愉快な飯田を見て、落ち着きを取り戻す周囲の人の声を聞いて。
ふと、思った。
ーーーだからか。
だから向は
「……飯田を選んだのか」