第80章 親不孝者のオリジン
父は世界を飛び回るパイロットだった。
「晴香いい加減にしろよ、深晴はキミの道具じゃないんだぞ」
大人は何があっても、仕事をしないと生きていけない。
それはそれなりの稼ぎがあった父も例外ではなかった。
母が仕事のせいで追い詰められていくのを知りつつも、父は仕事のせいで母の側にいることが出来なかった。
フライトを終え、家に帰ってくる度。
私と母の一緒に過ごしている時間は以前と比べ物にならないほど増えたはずなのに、以前に増して急速に距離が離れていく私たちの様子を見て。
母に自分のことをどれだけぞんざいに扱われようと一切怒らなかった父は、毎日のように母に対して声を荒げるようになった。
「ねぇ、どうして私を責めるの?晴夏だって個性婚に賛成したじゃない。今さらそんなのひどいわ」
母は、自分が挫折した時の保険として、優秀な「個性」を持つ子どもを得る為。
父は、父の「個性」を愛した人に愛されたいが為。
二人は個性婚なんて倫理観の欠落した選択肢を選んだ。
「深晴の前でその話はするなって言ってるだろ!!」
「声を荒げないで。そんなに私の彼女に対する接し方が気に食わないなら、仕事を変えて監視でもしていたら?」
「…っそんなに、簡単に変えられるわけないだろ」
「そうよね、パイロットは晴夏の夢ですものね。仕事に生きる私と、夢に生きる貴方、どちらも彼女を蔑ろにして、そう大差ないわ」
「そういう意味じゃない!キミと一緒にもされたくない!」
もっと自分たちの子どもを愛してくれ。
そう叫ぶ父の言葉に、母は窮屈さを感じていた。
だから父がフライトから帰ってくる度。
母は、自分の書斎に引きこもるようになった。
「深晴、学校で友達出来たか?ははは、まだ出来ないのか!それは一大事だなー。あ、そしたら自己紹介でがっつり興味を引きにいってみよう。あっち向いてホイで負けません!って言ってみなよ、きっと面白がってみんな遊んでくれるぞ」
二人とも、やりたい事をやった結果だ。
母は周囲の視線に執着し、父は母の視線に執着した。
母が仕事を諦めきれずにいる姿を、父は責めたが、彼は私を置いて仕事に行く時、「一応、仕事はしなきゃ」と言い訳のように口にした。
それが家族を養うためだったのか、子どもの頃からの憧れ故だったのかは。
今となっては知る術もない。