第79章 襲撃者のターゲット
母は前時代の天才だった。
スーパーコンピューター並の頭脳を持つ彼女は若くして論文を学会に発表し、瞬く間に名だたる天才物理学者の1人として数えられるようになった。
しかしそれは束の間の出来事。
次第に母に対する学者たちの賞賛の声は嘲笑となり、彼女に向けられていた民衆の熱い視線はいつしか、侮蔑を孕むものと変わっていった。
理由は単純。
母の明晰な頭脳が、「個性」によるものではないと世間に知れたからだ。
天才だ何だと持ち上げていた周りの人間は、母が「無個性」の人間であると分かると、手のひらを返した。
母の論文を目にする度。
学者向きの「個性」を持った他の学者達が彼女の理論にケチをつけ、真っ当な評価をしなくなった。
それまでも、訓練以外の時間では私に目をくれることなく論文に熱中していた母は、彼女を褒め称える周囲の言葉と注目を忘れられず、さらに研究に没頭し、自分を追い詰めていくようになった。
食事も取らず、眠らない日が続いたある日。
母は一つの結論に辿り着いた。
「私が「無個性」である限り、前時代と揶揄されることは避けられないみたいね。なら「個性」を使って、この時代に則した方法を試せばいいわ」
もっと合理的に生きましょう。
母はひどく痩せ、窪んだ目元から涙を伝わせながら、私に向けてそう言った。
誰よりも優秀な、計算に特化した母の思考は、今思えば。
どこかひどく不恰好で、ひどく短絡的な一面を持っていた。
だからこそ彼女は思い至った。
世間が「無個性」な自分を認めないのなら、「個性」持ちの自分の分身である子どもを使って自分を認めさせよう。
「時代遅れ」と嘲り罵られるのなら、子どもを「この時代」の象徴であるヒーローにしよう。
無個性な自分と似たスペックの頭脳を持ち、なおかつ個性持ちでもある自分の子どもが、ヒーローの頂点に立てば。
「誰もが私を認めざるを得ない。貴女を生んでおいて良かったわ、やっぱり役に立った。私は貴女をトップヒーローにする、私の野望を貴女が果たすの…!」
以前から、母は訓練の時だけ私を見てくれていた。
その日から始まった訓練漬けのクソみたいな毎日で、私が「嬉しかった」と言えるものがあるとすれば。
それは
母の眼差しをこの身に受けていられる時間が、大幅に延びたということくらいだ。