第8章 キミに近づきたい
入学して数日、彼の言動を観察するようになった今だから分かる。
あの声色で、あの声量で、あの目つきで、爆豪は「罵る」ことを目的に、言葉を発したりしない。
罵っていないのなら、唐突に話しかけてきた彼の真意はどこにあるのか。
ーーーんでそんな没個性のヤツが雄英にいんだよ?とっとと失せろやモブ
ひねくれない解釈、ものすごくポジティブな解釈をして、さらにあの時反対側に座っていた上鳴と、話していた話題にこじつけると。
ーーー向の個性は?
ーーーあっち向いてホイで負けない個性
『……もしかして、「お前の個性、教えろ」って言ってたの?』
スクランブル交差点で、向が立ち止まる。
帰宅ラッシュの人混みの流れに取り残されるような形で向が歩みを止めたのを見て、爆豪は舌打ちをしながら、数歩先から足早に戻ってきた。
「バカだろお前」
こんなとこで止まってんじゃねぇよ、と爆豪は向の手首を掴み、交差点から抜けて、歩道へと足を踏み入れた。
『あ、ごめん。ありがとう』
「……。」
爆豪は掴んだままの向の手首をジッと眺め、こう考えた。
(手首細ぇ)
一向に手首を離す気配のない爆豪を興味深そうに見上げながら、向は彼の返答をジッと待った。
「…なんだよそのアホ面」
『ナチュラルに生きてるだけでアホ面って言われる人の気持ち考えたことある?』
「ねぇよ。帰りてぇのか帰りたくねぇのかハッキリしろ。置いてくぞ」
『は?…あ、いや…ちょっと驚いて立ち止まっただけだよ』
「あ?」
『え?』
「…なにが」
『…なにが、驚いたのかって聞いてる?それなら、勝己に入学早々喧嘩売られたと勘違いしてたから』
「は?死ねクソ女」
『ごめん、甘んじて受け入れるけどお前も自分を省みろ』
疑問形ばかりが続く二人の会話。
手首を掴んだまま、ずっと離さない爆豪の距離感の近さに、向は少しだけ狼狽する。
『……あのさ』
と、まんざらでもなさそうに照れながら、少し頬を染めた向は、爆豪を上目遣いで見上げる。
『……その、よければなんだけど私の……』
「……!」
そのふわふわとした春の日差しのような雰囲気に、爆豪は一瞬、唾を飲み込んだ。