第74章 いつもと違う
ウワァアァアアと雄叫びをあげながら、クラスメートたちが全力で日頃の鬱憤を込めて枕を投げ合う大部屋の隅。
体育座りをした向とあぐらをかいた轟は第一次枕投げ戦争を眺めるだけで、戦闘に参加する姿勢を全く見せない。
いくつかの流れ弾は完全に向が個性でシャットアウトし、その隣で眠い目を擦っている轟も、彼女の個性の恩恵にあやかっていた。
「…眠ィ」
『…眠いね』
目が開かなくなってきた轟に気づき、向が転がっていた枕を一つ引き寄せ、彼に手渡した。
枕を受け取りはしたものの、無言でふるふると首を横に振った轟を見て、向は既に敷いてあった布団の一セットを個性でズルズルと引き寄せた。
「…うるさくて寝れねェ」
彼がそうぼやいた瞬間。
世界から、急に音が消えた。
「…………?」
聞こえてくるのは、隣でぼんやりとクラスメート達を見つめる向の呼吸音と、自分の呼吸音だけ。
目の前にいる同級生達の動きは枕の投擲と回避を続けており、彼らが急にサイレントモードになったようには見えない。
「…なんかしたのか」
『うん。音の振動を遮断した』
ここで、と彼女は足下の畳の境界線を指先でなぞり、轟と視線を合わせた。
『ーーー……おやすみ、焦凍』
「……。」
まるで子守唄のような優しい声で。
柔らかく、笑いかけてくる彼女に。
轟は、やはりどこか疎外感を感じて。
「…おまえも」
『…ん?』
少しでも、近くに。
そう考えて、轟は掛け布団だけを引っ張って、壁際に座る向と自分の膝に布団を掛けた。
『ありがと』
「………。」
すごく、すごく、静かな世界。
自分が息を潜めてみると。
聞こえてくるのは、彼女の声と呼吸音だけ。
あぁ、まるで。
(……二人だけの世界みてぇだな)
立てた両膝にかかる敷布団の上に頭を乗せた轟は、向の方へと頭を向けて、幸せそうに微かに笑う。
『……眠れそう?』
「…眠りたくない」
『えぇ、なぜ』
「……。」
それ、聞くのか。
轟が呟いたその言葉に、向はパッと視線を彼から逸らし、女子部屋に戻ろうかな、と独り言のように声を発した。