第73章 君の原点
震えてなんかいないよ。
顔も合わせず、彼女が言う。
カタカタと揺れる繋いだ指先から、彼女の冷たい肌の温度が伝わってきた。
「……。」
目深に被ったフードを雑に剥がすと、そこには、何かを警戒するように玄関から一切目を逸らさない彼女の横顔があった。
「…何見てんだ」
『…何も?』
「……」
つい数十分前。
壁の向こうで、楽しげにクラスメート達と談笑していた彼女とは思えない。
震えているくせに、震えていないと見栄を張り。
何かを見据えているが故、何を見ているのかと問いかけてくる友人には、一瞥もくれてやる余裕はないらしい。
「…おい」
せっかく。
何度も、何度も。
俺が聞いてやってんのに。
「いいからこっち見ろ」
ガッと向の頭頂部を爆豪が鷲掴み、手首をねじって彼女の顔を自分の方へと回転させた。
グキッと向の首が変な音を立てたが、爆豪は気にせずイラついた顔で言葉を続ける。
「土砂崩れの時、何で個性使わなかった?崖から落ちた時も今も、何で震えてやがる。とっとと吐け、言わなきゃブッ殺す」
『………。』
固く握られた爆豪の左手を、向が視線を落として眺めた。
そしていつも通りの笑みを浮かべると、ははは、と軽く笑った。
『高所恐怖症なんだ』
「くだらねぇ嘘ついてんじゃねぇよ。古文がクソほど出来ねぇのはアメリカに居たからか」
『あぁそうなんだよね。何で知ってるの?』
「ヒーローネームまともに考えつかなかったのも、ヒーローになる気なんてねェからだろ。ならなんでテメェはここにいる、舐めてんのか」
『…ねぇ、どうして勝己はそんなことが気になるの?私の話を聞いたとして、何になるの』
「あァ!?」
(…こンの…口が減らねぇ…!)
とっとと話せ!!と怒鳴る爆豪に、向はいつもの調子を取り戻して、カラカラと笑い始めてしまう。
『個人情報だよ、ないしょ』
「何隠してる!!とっとと吐け!!!」
『嫌だよ』
ドッ!!!
と爆豪が向に触れていない右手でいつものように爆発を起こした瞬間。
いつも動じることのない向が『わあ』と声をあげ、ビクッと肩を震わせた。