第70章 遠い道のり
林間合宿当日。
午前7時30分、とある駅前。
『おはよ、焦凍』
「……。」
壁にもたれかかって、いつもの待ち合わせ場所に佇んでいた轟の前に向が現れた。
口を横一線に結んだままの轟は彼女と視線を合わせた後、表情を一切変えることなく改札へと向かって歩き始める。
凍りついたような二人の間の空気は、一向に和やかなものへと転じる事なく。
出会った当初のように固く口を閉ざしたままの轟は、向と視線を合わせようとしない。
『…あー…えっと…』
変な態度とってごめん。
そう口火を切った彼女に、ようやく轟が凍てついたままの視線を向ける。
何か言葉を発するかと思われた矢先、彼はまた電車を待つ向かいのホームの人々に視線を向け、何の声も発しはしなかった。
『…………………』
「…………………」
『……………あの』
「…………………」
『…………………』
「…………………」
『…………………』
「…………………」
(気まずッ………!!!)
視線の交差も会話も何もない。
それもそのはず、彼からの夏休みの誘いを断り続け、ようやく顔を合わせたプールで絶対に頷いてはいけない「おまえ、俺のこと避けてる?」なんて問いかけに肯定を返した。
自分は友達を避けてしまうような人でなし、無視されて当然だろうと向が気落ちした時。
電車が到着し、ぎゅうぎゅうに押し込められているサラリーマン達の姿を目にした向は、うんざりしてため息をついた。
「……。」
そんな彼女のため息を聞き、一瞬だけ視線を彼女に向けた轟が先に電車に乗り込む。
いつも。
人に押された程度では軸がブレない轟は、向を背に庇うように立ち、ドアと人ごみの間に小さなスペースを確保してくれる。
冷たく当たってくる今日もどうやらそこだけは変わらないらしく、彼の後ろに小さく空いたスペースに向は足を置き、電車内に乗り込んだ。
ドアが閉まる直前。
いつも背を向けたままの轟がくるりと急に振り返った。
『…えっ?』
「……。」
至近距離で向かい合って立つ轟に、向は彼の顔を見上げた。
轟は何も言わず。
何も聞かない。
ただ、今度はジッと向の目を見下ろしてくる。
(…これ怒ってる…?)