第68章 後の祭り
「深晴」
『…ん?』
壁際に腰掛けたまま、声をかけてきた轟の方へ向がトコトコと歩いていく。
自分の両膝に手をついて見下ろしてくる彼女をじっと見つめ、轟が不可解そうに言葉を発した。
「…手繋いだらダメなのに、腰に触るのは許されんのか」
『……………え?』
鋭い視線を浴びせてくる轟の言葉に、向が首を傾げた。
思い浮かぶのは、先ほどまで何度か繰り返されていた爆豪'sアトラクションのこと。
爆豪は身を低くかがめ、向の腰を捕まえて幾度となく彼女をプールへと投げ飛ばしていた。
確かに、身体の末端に触れることより異性の腰に触れることの方が「ダメ」だろう。
なんで許してるんだ、と言いたげな彼から視線をそらした向に、追い討ちがかけられる。
「一昨日送ったメッセージ、まだ返してきてねぇよな」
『……あー…ごめん、見たままになってるかも』
「………。」
俺のこと、嫌いになったのか?
和気藹々と談笑しているクラスメート達から外れた位置にいる二人の会話は、他の誰にも聞こえはしない。
そう踏んだのか、唐突に問いかけてきた轟はじっと向を見上げたまま、少し所在なさげに眉を傾けている。
『…嫌いに、なんかならない』
「……おまえ、先生のこと諦めたんじゃなかったのか」
『……諦めるも何も最初から』
「誤魔化されるのはもうたくさんだ」
轟はうつむきながらそう言葉を続け、自身を落ち着かせるかのように深く息を吐いた。
腰をかがめていただけの向からは彼の表情が読み取れなくなる。
腰を下ろそうかと考えていると、彼にしては珍しい言葉の羅列が聞こえてきた。
「…おまえ、最近俺のこと避けてるよな」
『……!』
「目も以前と比べて全く合わねぇ、メッセージが返ってくんのも段違いに遅い、返ってこない時もある。…朝一緒に登校してても俺の方見なくなった、学校で声かけようとしたら居なくなる、先生以外見たくねえなら、俺以外に好意寄せてる奴らだって同じ扱いされなきゃおかしいだろ。なのにどうして俺だけ突き放す」
轟は一息で感情を吐露した後、また向を見上げた。
その視線に向が一瞬息を詰まらせ、困り顔をした。