第59章 梅雨にのぼせる
6月中旬、期末二週間前。
学生玄関。
降りしきる雨を見上げた爆豪は舌打ちをして、隣に並ぶ向はため息をついた。
『傘持ってる?』
「は?…あるに決まってんだろ」
『入れてくれない?天気予報見るの忘れてた』
「あァ?バカが」
バカだのアホだの貶しながら、爆豪は自分の折りたたみ傘を、「おら」と差し出してくる。
『私が持つの?身長差的に…』
「るっせぇ置いてくぞ」
ガタイが良い彼と並んで傘に入ると、どうしても窮屈な感じが否めない。
向が少し傘を爆豪の上に傾けて、自分の左肩を犠牲にしても、彼の右腕とその肩にかけた鞄が、微かに雨に当たってしまう。
『勝己、やっぱりいいや』
キミが濡れてしまうから、と。
そう言っても、彼はそっぽを向いたまま両手をポケットに突っ込んで歩き続ける。
一向に傘を受け取ろうとはしない。
『私個性で濡れないから。少し疲れるだけだしいいよ。勝己も濡れちゃう』
「…黙って歩け」
『でも』
「るっせぇんだよ」
彼の左手が向の手元に伸ばされて。
傘を差し出した彼女の右手を、覆い隠すように自分の手で握った。
目を丸くする彼女を無視して、爆豪は無言で歩き続ける。
彼のその横顔が、雨を二人並んで見上げた時の不機嫌さなど感じさせない、落ち着いた表情で。
向がなんと言おうか迷っていると、前を向いて歩き続けていた爆豪が、横目で向を見下ろしてきた。
「黙って持ってろ」
そして彼は、微かに向の方へ傘を傾けた後。
ゆっくりと、手を離した。
『…ありがと』
「あ?」
傘に当たる雨の音が邪魔で、お互いの声が聞こえづらい。
怪訝そうな顔を向けてきた爆豪の様子を見て、向は首を傾げた。
『なに?』
「聞こえねぇわ」
『ん?』
「聞こえねぇっつの!」
こんな日は。
『「……。」』
二人とも、会話することを諦める。
言葉なく。
信号で立ち止まる度に、横目で向を見つめると。
視線を感じ取った彼女が『話そうか?』なんて、無言の問いかけを返す為、首を傾げて見上げてくる。
その度、爆豪は。
(……………クソ可愛いじゃねぇか)
なんてことを、独りでに思うのだった。