第58章 臆病と疑念と切なさ
この家に彼女を引き取った時。
彼女はまるで、傷つき荒れた野良猫のようで。
誰に対しても一瞬の隙を見せることがなかった。
その理由を聞けば、薄く笑って。
『小さい頃ヴィランに襲われました。それ以来、ずっとこんな感じなのでお気遣いなく』
笑っているのに、いつも上の空。
人の心に入り込むのが上手いくせに、自分の心の隙間など、誰にも見せることを許さなかった。
その理由は彼女の元々持つ臆病さと、生きてきた経験故の警戒心からだと俺は理解して。
時間が、痛々しいまでにささくれ立った彼女の心を癒やしてくれるのを待った。
ある日。
帰宅すると、彼女の『おかえり』という言葉が聞こえなくて。
慌ててリビングに入って、そこで。
ソファに座ったまま、前のめりについ昨日買ったばかりのテレビを食い入るように見つめる彼女の瞳が、輝いているのを見た。
そこに映っていたのは、生ける伝説と呼ばれるトップヒーロー。
彼女は俺に問いかけた。
彼は何者なのかと。
彼はヒーローなのかと。
矢継ぎ早に問いかけてくる彼女は、今まで見たことがないような、心からの笑みを浮かべていて。
日本のトップヒーローを14歳になるまで知らないなんて事実が存在していることを訝しんだが、彼女が日本に来たのはつい数年前の事であるということと、テレビをゆっくり見るなんてことすら、親戚中をたらい回しにされていれば許されない事だったんだろうと納得して。
聞かれるままに、自分が暑苦しいと思うヒーローの経歴を話した。
その日から、彼女の生き方は変わった。
ぼんやりと過ごしていただけの自由な時間を、全て勉強に費やすようになり、うわべだけ俺のことを問いかけて来ていた質問の中に、本当に答えを知りたがっているような問いかけが混ざるようになった。
俺は初めて、暑苦しく鬱陶しいと思っていた一人の先輩ヒーローを、へぇ、やるじゃないか、なんて認めるようになった。
子どもの心に深く根を張ったヴィランの残虐さと、そんな娘になんの説明をすることなく一人帰国した母親の冷酷さ。
そして、そんな彼女に落ち着いてテレビを見る心の余裕すら与えてやらなかった大人たちの非道さ。
俺がどんなに与えてやりたくても、与え方がわからなかった「希望」なんてあやふやなものを、オールマイトは声も視線も届かないテレビの向こうから、彼女の心の中に形作った。