第56章 損する性格
この映画、面白そうだね。
彼女がそう言って、囁きかけてきた。
切島は我に返って、慌てて彼女の方を向いて。
「……。」
暗い映画館の中。
スクリーンに眩しい光が反射して、一瞬。
彼女の綺麗な瞳がガラス玉のように輝くのを見た。
誘い込むようなその唇が、優しい微笑を浮かべていて。
「……向」
『なに?』
押し殺そうとしていた感情が、湧き上がってきた。
(………本当は…)
本当は、俺。
ずっと、おまえとこうやって映画が観たくて。
ずっと、なんて誘えばいいか考えてて。
今日も、楽しみで仕方なくて。
「…あのさ」
望んじゃだめかな
脇役だって分かってても
おまえと、また並んで映画が観たい
おまえと、今度は二人でデートがしたい
望んだらだめ?
そんなこと、またおまえに聞いたらさ
もう二度と、並んで映画なんて、観れなくなるのかな
この映画、また今度観に行こう。
耳元でそう彼女を誘うと、彼女は柔らかく笑って『喜んで』なんて言葉を返した。
そのあとすぐに『この映画だったら、誰を誘おうか』なんて、付け足された問いかけに。
切島はもの悲しげに微笑むだけで、答えてはくれなかった。
予告編の光で照らされる友人達が、楽しげに耳打ちし合っている姿を、最後列から眺め続けて。
すごく、すごく、胸が詰まった。
集中しよう。
久しぶりの映画だから。
「緑谷」
「ん?何、轟くん」
良かったのか、と。
少し離れたところに座る同級生たちを見下ろして、彼が問いかける。
「…なんで?」
「せっかく深晴の隣、おまえだったのに」
「轟くんこそ、てっきり僕は「深晴の隣がいい」って言うと思ってたよ」
「おまえが我慢してんのに俺がわがままは言わねぇよ」
「……我慢?」
あぁそっか。
だからこんなに胸が痛いんだ。
今、何話したのかな。
せめて、視界にあの二人が入らない座席が良かった。
(…あぁ、嫌だな)
こんなんじゃ、映画の内容
何も頭に入ってこないや