第2章 あっち向いてホイが得意な人
入学式当日。
緑谷出久は、憧れの制服に身を包み、今なら宙に浮くことも可能なんじゃないかと思えるくらいの幸福感に浸りながら、雄英の校門をくぐり抜けた。
広すぎる校内で何度か迷いながら、ようやくたどり着いたその教室の扉はでかく、分厚く。
一瞬、口をあんぐりと開けて立ち止まってしまった彼の背後から、一人の女生徒が声を発した。
『おはよ』
「………えっ、あっ、お、おはよう!…きみも、1-A?」
『そうだよ。よろしく』
人当たりの良さそうな笑みを浮かべた彼女に手を差し出され、緑谷も慌てて手を出した。
ガッ、と強く握られた彼女の握力に、緑谷は思わず、多少の男らしさを感じてしまった。
「ぼ、僕は緑谷出久、よろしく!」
『…ん?…うん、よろしく』
お互い顔面に笑みを貼り付けたまま、沈黙する。
あれっ、名乗ってくれないのかな。
そんな疑問が緑谷の中に浮かんだと同時に、向は笑みを崩すことなく声を発した。
『出久、教室入らないの?』
「え?…あ、そっかまだ入ってなかった」
名前不詳の彼女に促されるまま、緑谷は教室の扉を開ける。
開かれた扉から二人の見覚えのある男子生徒の姿を確認し、ウワァーーーという絶望の表情を浮かべた緑谷が立ち止まってしまった。
その緑谷の横を通り抜け、結局名乗ることはなく。
彼女は黒板へと向かい、貼り出された座席表を眺めた。
「雄英の先輩方や、机の製作者方に申し訳ないと思わないか!?」
「思わねーよ!てめーどこ中だよ端役が!」
「ボ…俺は私立聡明中学出身ーーー」
廊下から一歩足を踏み入れると、そこには清々しいとは言い難い、荒れ果てた空気が広がっていた。
「ブッ殺し甲斐がありそうだな」と足を机に投げ出して座席に腰掛けていた爆豪に、脅された側の眼鏡の男子生徒が、聞いたこともないと言った様子で「ブッ殺し甲斐!?」と繰り返す。
君ひどいな、本当にヒーロー志望か!?と爆豪を恐れることなく、正直なリアクションを取った飯田が、入り口で立ち尽くす緑谷に視線を向けた。
「…俺は私立聡明中学の…」
「聞いてたよ!あっと…僕、緑谷出久」
よろしくね、と自己紹介をしながら、緑谷は(さっきの子、やっぱり少しマイペースなのかな?)などと飯田とは全く関係のない人のことを頭に思い描いてしまっていた。