第32章 大人の事情
リカバリーガールの出張保健所、とプリティに飾り付けられた扉の前で、相澤と轟はお互いの顔を見つめあった。
相手の腹の内を探ろうという轟を見下ろす相澤の表情は、包帯に隠れたままで、全く読めない。
「…轟」
「…なんですか」
「おまえ、怪我は?」
「…打撲痕はリカバリーガールに治癒してもらって、あとは特に何もありません」
「そうか。なら良い」
「…じゃあ、俺こっちなんで」
ピリついた雰囲気を崩すことなく、控え室側へと歩き始める轟。
その背を眺めていた相澤は、試合終了直後の轟の行動を思い出す。
ーーーこっち見ろ、向!!!!
そう叫んだ轟は瞬時に、攻撃時に見せる刺々しい氷壁ではなく、その色合いも、透明度も、形も、何もかもが違う氷壁で向を捕らえた。
そして、一瞬。
轟自身もそんな氷を生み出したことに驚いたのか。
彼はゆっくりと、右手を使って向に触れた。
熱を生み出す左手で触れたのは、その数秒後。
氷を溶かす、以外の目的で轟は向に手を伸ばした。
「………おい、待「これはこれは」
轟を引き止めようとした相澤に、背後から声がかかった。
その凄みのある声に思い当たる人物を頭の中で思い浮かべ、相澤は手を下ろし、振り返る。
「…エンデヴァーさん、ご無沙汰してます」
「息子がいつもお世話になっている様で」
関係者以外立ち入り禁止のその場所へ現れた彼は、がっちりとした足でゆっくりと歩みを進め、相澤を見下ろした。
蓄えた顎髭に炎を宿したその男、エンデヴァーは、遠くを歩いている息子の背を眺めたあと、また相澤に圧力をかける。
「焦凍と戦ったあの少女は、ここにいるのか?」
「…ここは関係者以外立ち入り禁止なんで、すぐ立ち去ってもらえますか。向に何の用です?」
「どけ、この体育祭は貴様ら雄英側からしてみれば、「職業体験の場所」を生徒に斡旋するための重要な前座でもあるはず。その打診に来たプロヒーローに対し、無関係という理屈は通らん」
「………打診?」
「エンデヴァーヒーロー事務所に、もうひと枠で彼女を推薦する。それとも何か?仮にも担任であるイレイザー、おまえが特別に、彼女を引き取る予定でもあったか?」
不遜な言い草に、相澤がピクッと眉をひそめる。