第32章 大人の事情
「「『……………』」」
なぜか、密着している教え子。
その2人の視線を受け、相澤は一瞬動きを止めた後、視線をそらさないままに後ろ手で扉を閉めた。
轟は、すぐ近くにある向の頭にコツリ、と自分の頭を乗せたまま、ジトっとした視線を相澤に向けている。
硬直していた向はその微かな頭部への衝撃にビクッと肩を震わせ、未だ震える腕で轟を押しのけた。
『だ、大丈夫。焦凍ありがとう』
「……礼言われることじゃねぇよ。俺がそんな目に遭わせたんだから」
「イレイザー、轟を呼びに来てやったんだろ?早く連れてきなよ、この子が落ち着いてあったまれやしない」
「…え。そんな邪魔してましたっけ」
「落ち着いて、いられないって言ってるんだよ。はやく連れてきな!」
「…向」
『あっ、ハイ!?』
相澤の声に向が過剰反応し、毛布にくるまったまま視線をまた彼へと向けた。
「…怪我は」
『あっ、怪我は特に…』
「寒気は」
『温めれば、すぐ回復と言われました』
「……そうか。轟、選手控え室に行け」
「先生は?」
「…あ?」
轟はじっと相澤を見つめ、そう問いかけた。
「先生は、仕事中ですよね。解説に戻るんですか?」
「……。」
ピリつく気配に、リカバリーガールがガタッと椅子から腰を上げた。
「処置中だよ、早く部外者は出て行きな!」
部外者、とカテゴライズされた2人はパッと一瞬口を開いたが、お互いに顔を見合わせ、何も言い返しはしなかった。
「…じゃあうちの生徒を頼みます。お大事に」
「向、また表彰台で」
『う、うん。先生も、ありがとうございます』
バタン、と。
治療室の扉が閉まった直後、リカバリーガールが問いかけてきた。
「向、イレイザーとどういう関係なんだい?」
『今日はそればっかり聞かれますね…遠い親戚のお兄ちゃんですよ』
「それで?」
『……それで?』
「それだけじゃないだろうさ」
『それだけですよ』
「……。」
そのリカバリーガールの視線を受けて、向は毛布にくるまり直しながら、ため息をついた。
『それだけ、としか…言い様がないんですよ。私たちの関係は』