第23章 今こそ別れめ、いざさらば
「……君の大切な人は、相澤先生か?」
この胸の痛みは、初めて浴びせられた連撃による打撲のせいだろうか。
それにしては刺すような痛みだ。
息を吐く度、僕の胸を震わせて、軋ませるようなこの感覚に、覚えがない。
『………。…立てそう?』
彼女は、僕の問いかけに答えようとはしなかった。
医療用ロボットが駆け寄ってくる直前、彼女に似ていると話した友人について語ってくれと頼まれた。
「彼はヒーロー志望故に、勉学を怠らず、常に周囲を助けようと考え、そしてその意志に従って、動けるような人だった」
彼は中学三年間。
僕と一緒にヒーローになる夢を見続けた。
しかし、次第に優秀だった彼の成績は右肩下がりに落ちていき、そんな夢すら語れないほどに地に落ちた。
僕を個人的にバックアップしてくれていた担任に、田中くんの勉強も見てもらえないかと頼んでみたけど、返ってきた答えは、「ごめんな」という一言だけだった。
「中学を卒業して、風の噂で聞いた。彼は生活費の工面が難しく、高校への進学を辞退したんだそうだ。在学中も、学費を工面する両親に代わって兄弟の世話をしていたらしい。家事と育児の多忙な日々の中、勉強まで時間がさけなくなった」
伸ばしっぱなしの長髪の理由も。
サイズの合わない彼の制服が貰い物だったということも。
有名私立中学に通う生徒たちには、想像がつきづらいものだった。
そもそもそんな生徒が通う中学ではなかったからだ。
特待生制度まで使って、彼が僕と同じ中学への入学を望んだのは、そこでの英才教育を受けた何人もの卒業生が、雄英高校へと入学している実績があったからだろうか。
「今となっては、全てが推察に過ぎない。彼とはしばらく、連絡を取っていないんだ」
『…そうなんだ』
雄英に入ってから知った。
名前を覚えてもらえない、悲しみを。
自分の「普通」が、誰かの「普通」と一緒なんてことはあり得ないということを。
努力は裏切らない。
そんな僕のモットーが揺らいで、初めて気づいた。
頑張った分だけ、人に幸福が与えられるのだとしたら。
恵まれない原因は。
お前が頑張っていないからだと言われるのと等しい。