第21章 仰げば尊し、我が師の恩
容赦、慈悲のない蹴りを繰り出す向は、一切の言葉も笑みも飯田に向けることはない。
「くっ…!」
<<飯田、機動力を生かして向の背後を取ったー!さぁどうする!?>>
振り返った向。
その視線を浴び、躊躇する飯田。
絶対に、傷つけたくはない。
男の身で女性に暴力を振るうなど、勝ち負け以前の問題だ。
「…っ!」
向の両肩を背後から掴み、飯田が向を場外まで追い出そうと駆け出した。
『…天哉』
甘いよ。
そう呟いた向が、自身の身体に向けられる力のベクトル全てを反射した。
彼女の背を押し出していた力をそのまままともに反発力へと変換された飯田が、見えない力によってフィールド中心へと弾き飛ばされる。
「ぐあ…!」
<<攻撃はまたも向のみ!!どうした飯田、ジェントル精神すさまじーー!!>>
『天哉』
「!?」
衝撃で、空中で体勢を立て直せなかった飯田が地面へと叩きつけられる。
その倒れこんだ彼の、すぐ頭の先に高速移動してきた向が、痛みで霞む視界に映り込む。
『どうして戦ってくれないの?』
「……っ君は、女性だからだ」
『それだけ?』
「あぁ!」
『……それだけの理由で』
キミは戦いを投げ出せるの?
「……………っ……」
長い髪の間から。
彼女はじっと飯田を見つめ、怒気を孕んだ言葉をぶつけてきた。
会場のカメラには映らない、彼女の表情は。
その声色とはかけ離れていて。
「……っ投げ出すわけ、ないだろう!」
<<飯田、飛び起きたー!今両者で何が語られた!?どうする飯田、絶対絶滅のこの状況!!>>
白熱するバトルに夢中になるマイクの隣で、相澤は、心のうちで呟いた。
(……あのバカ)
「……向くん」
『…なぁに』
無様に寝転んだままだった飯田を、見下ろした彼女の表情は。
怒りを滲ませ、震える声色とはかけ離れて。
今にも泣き出しそうなほど、ひどく悲哀に満ちていた。
「君は、どうしてーーーー」
ずっと、疑問だった言葉がまた頭に浮かぶ。
飯田は、二人にしか聞こえないほどの声で、問いかけた。