第3章 何事もほどほどに
『出久、具合悪いの?』
死人顔で考え込んでいる姿を見たからか、向が緑谷を心配して声をかけてくれた。
大丈夫、と答えた緑谷だったが、頭の中では(どうしようどうしようどうしようどうしよう)という言葉が浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返している。
『……んー、と…』
「……あ、本当に大丈夫だよ!向さんも、頑張って!」
『…おぉ』
(大丈夫そうに見えないよね、そりゃそうだよこんな見るからに血色が悪い人がいたら放っておきづらいよね)
彼女だって、最下位除籍のプレッシャーは同じなんだ。
そう考えると、無理矢理にでも笑顔を作らねば、という使命感が緑谷の中に芽生えてきた。
「……大丈夫!」
緑谷は咄嗟に、自分が出来る唯一の一発芸と言っても過言ではない、オールマイトの顔真似をしてその場を誤魔化そうとする。
しかしちょうどその時、向は反対側に立っていた蛙吹に「梅雨ちゃんと呼んで」と口説かれており、緑谷渾身の一撃は、一切の笑いどころか気づかれることすらなく不発に終わってしまった。
『…あ、なんだっけ。あぁそうそう、そんなに緊張することないよ。出久のあのパワーなら大丈夫』
「……うん……」
『どした?一気にまたテンション下がったね』
「……はは、大丈夫……」
『にしても除籍はやめてほしいよね〜。手首や足首の一つや二つ犠牲にしてでも免れないと』
「…そうだよね。腕の一本や二本、いや…四肢半壊したってどうにか最下位は避けないと」
『ははは、四肢半壊はもう勘弁』
ブツブツと呟きながら、どう自分の成績を上げるか考え続けている緑谷には、向の言葉は聞こえていない。
その横顔を向が眺めた後、出久、と軽く声をかけた。
『出久。………おーい』
「でもそうすると確実に後半のテストが…いやまてよ」
『出久ー』
「…あぁ、そうじゃない。落ち着け僕…!」
ハッとして、気づく。
横を見ると、向は口元に手を添えた状態で、緑谷の耳元まで顔を急接近させていた。
『出久』
「あぁっ、ハイ!!?」
『大丈夫だって』
彼女は緑谷にいたずらっ子のような笑みを向けた後、背を向けて。
50m走の開始位置に向かって歩いて行きながら、忠告した。
『頑張るのもいいけどさ、せめて指一本にしておきな』